永年保護室

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 俺の部屋をノックする音があった。  真っ白な壁と同化している扉が立体感を出す。入ってきたのは、やはり白い防護服に身を包んだ人だった。  約束の時間だ。 「っで話っていうのは何かね?」 「わざわざ足を運んで頂いて申し訳ありません。俺はこの部屋から出られないもので」 「くどいな。お前から詫びの一言を貰っても俺はどうしようもないんだがな」  その声は鼻白んでいた。侮蔑の声を掛けられようとも、俺に出来ることは一つしかなかった。 「いえ、自分が本当に馬鹿でした。ちゃんと前を見て、暴走しなければ、早くに改心すれば、本当に申し訳ありませんでした‼︎」  額を床に擦りつけたいが、今ではそれもままならない。 「へぇー、謝れば事故は無くなるのかね。馬鹿かてめえは。慰謝料が下がる理由にもならねえ」  確かに一見それはもっともらしい意見に見えた。だが。 「それなんですがね。本当にあれは事故、だったんですかね」  俺は強調するように言った。 「頭打ってトンチキになったか? 反省してねえじゃねえかコラ‼︎」  事故それの意味は、不本意な、が前提である。ではもしーー 「もし、わざとだったら」 「……どういうことだ?」  男はイラついているようだった。 「あの日329号線を走ってて、なぜ事故を起こしたか分からないんです。いつも、あの直線は、深夜に、車が通ることはたまにで、前に車があったとしても避けることができたんです」 「……それで?」 「それでわき道が一本、あるにはあるんですが、でも俺はその道から合流する車が見たことがないんです。つまり、一方通行なんですよ」  男は顎に手をあげようとするがスモークガラスに阻まれてしまう。 「ほう、じゃあ、なぜこのことは誰にも触れられてないだろうなあ」 「恐らく、見えにくい街路樹のそばや、暴走車がいる先入観、そしてなにより、その事件当日だけは看板を差し替えていたのでしょう。地元民は知っているから、道に逸れないでしょうし」 「クハッハッハ、なんだその理屈は。筋道が通ってないぞ。間違って出ただけで、故意かどうかの証拠にならんしな」 「ええ、だからあるでしょうね」 「何がだ」  その声は戸惑いを纏っていた。 「過去の事故遍歴がですよ。高級車に乗ったそいつは過失割合を無くそうとして、暴走車を狙っている。自分の身体の被害は最小限に俺のような十代で保護者が支払ってくれるカモを狙って」  そこまで聞いて男は黙った。  部屋の扉をノックする音が響いた。 「そろそろ時間か、どうぞー」  俺は入室を許した。入ってきた男は白い防護服を着ていたが、俺と同じく脚を骨折している模様で真っ白な松葉杖をついていた。 「ったく、なんで俺がこんなところに、って先に来てんのは誰だ?」 「こんにちは、自称被害者、前田健太さん。今、少年課の田中さんと事故のことで話をしてたんです」 「けっ刑事。それでへえ何を」  恐る恐るどころではなかった。声は引きつり、震えていた。 「あなたに聞きたいことがある。署で、ああ怪我をしているんだったな、まがりなりにも。なにゆっくり時間はある。聞かせて貰おうか」  前田は逃げ出そうとした。しかし、田中刑事の方が早かった。肉食昆虫が獲物を捕らえるように、即座に床に叩きつける。   その時、俺は自分の異変を悟った。  犯人を捕まえた高揚感ではなかった。前田健太のスモークガラスが割れて顔が顕になった時、全身から鳥肌が立った。  知らない顔なのは当然だった。そんなことよりも、白と黒以外の、そう久しぶりに色を見たのだ。暗赤色の唇に、茶色に白を足した肌の色。 「うわあああああああああああああかあかかかああがががが」  自分の身体がバウンドしたかと思うと意識が遠くなった。  遠くで看護婦さんの声が聞こえる。とても慌てていて、懸命で、真剣で、緊迫したものだった。
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