死んだ魚のような目

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死んだ魚のような目

「やぁぁぁあああ!!」 食堂内に子供特有の高い声が響き渡る。もちろん、その声の主はマルティネス公爵家四男のノアだ。 誰もに愛される天使くんはスプーンとフォークを手にだんだんとテーブルを叩く。お行儀が悪いが、今はそれを気にしている余裕はなかった。 「ノア、どうしたの?何が嫌だった?」 「やっ!」 天使くんの隣で食事のサポートを行っていた長男は突然の事態に目を白黒させる。ノアに事情を聞こうにも、興奮状態の子供は話に耳を傾けようとしない。だんだんとテーブルをスプーンやフォークで叩き、怒りを露わにするだけだった。 ど、どうしたんだろう?何が気に入らなかったんだ?僕はただフレンチトーストを食べやすいように切り分けようとしただけで···。 「やぁーの!ブレーにーたま、やなの!やっ!やっ!」 え、僕が嫌なの····? 大好きな弟に『ブレーにーたま、やなの!』と言われ、ブレインは早くも心が折れそうだった。 もう泣きそう····。ノアに嫌われた····。 ブレインは手にしたナイフとフォークを皿の横に置き、死んだような目でフレンチトーストを見つめる。死んだ魚のような目とは、まさにこの事。 「僕の何がいけなかったんだろう····?もしかして、全部?もし、そうだったら死のうかな···」 マルティネス公爵家次期当主が自殺なんて、洒落にならない。その場に居た執事や料理人は焦った表情でブレインとノアを交互に見つめる。 「の、ノアお坊ちゃま、ブレインお坊ちゃまの何が嫌だったのか言わないと相手に伝わりませんよ」 新人執事がだんだんテーブルを叩くノアに助言を言い渡す。むすぅ、とした表情を浮かべるノアだったが、執事の助言に頷いた。 一応相手の話を聞けるくらいには怒りが収まったらしい。 我らが天使はフォークとスプーンをポイッと投げ捨てると、隣に座る大好きな兄をペチペチ叩く。グーではないので、そこまで痛くはない。 「····どうしたの?ノア···」 「あのね!ノア、一緒がいいの!」 「一緒····?」 一緒って何だろう?なんかの謎かけ? 小首を傾げるブレインに弟のノアは自分の考えを一生懸命伝えようと身振り手振りを加える。 「あのね!ノア、前みたいに後ろからこうやって一緒にパン切りたいの!」 以前、ブレインが後ろからノアの上に自身の手を重ね、フレンチトーストを切ったことがあった。ただノアが自分でやりたい!と言ったので後ろから、それをサポートしただけだが、天使くんはそれがお気に召したらしい。それで今日もそれをやってほしいと言っている。 なるほど···だから、何も言わずにフレンチトーストを切り分けようとした僕に怒ったのか···。一緒にやりたかったのにそれを邪魔したから···。 なんだ、僕が嫌いな訳じゃなかったのか。 ほっと胸を撫で下ろすのと同時にブレインの中で安堵が広がる。本気で嫌われたと思い込んでいたため、安心感が大きい。 「よし!じゃあ、前みたいに一緒に切ろうか」 「うんっ!」 上機嫌で頷く愛しい弟の頭を撫で、ブレインは席を立つ。そして、愛しい弟の後ろに回った。 ふふっ。共同作業って、新婚さんみたいだよね。 やはり、この長男は危険人物である。
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