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『Kという名の怪物』
川嶋の死刑執行から数ヵ月後、春の近付こうというある晴れた日の午後3時。
週刊誌『Southern Cross』の記者、尾崎紗綾は、緊張した面持ちでそのマンションを訪ねた。これから会う人物は、それまで特段注目されることのなかった――しかし、ここ最近で一気に話題の人物となった男だった。
作家、内海睦。
年齢は54歳。数年ほど前にデビューして以来、いくつか作品を執筆していたものの、そのどれもが泣かず飛ばずの結果で、世間から認知される間すらなく忘れられることとなった……しかし。
最新作『Kという名の怪物』の発売が、彼を一躍有名にした。
川嶋の事件を題材にした、独白形式の小説だった。それ自体は特段珍しいものではなかった。川嶋を模した殺人鬼の登場する作品は、その犯行のおぞましさから一時は後を絶たなかったし、そうして刊行された作品のどれもがかなりの売れ行きになった時期は、決して短くもなかった。
しかし、そのどれもが殺人犯の異常性を強調して書いているなか、『Kという名の怪物』は、殺人犯『K』の共犯者の目線から語られる、回顧録のような文章だった。そして、その共犯者から見た“ありふれたひとりの青年”としての『K』の姿が、一部メディアで話題を呼び、そこから大きなブームとなった。
もちろん、川嶋の死刑執行と時期が近かったこともあるのだろう。しかし、『Kという名の怪物』で語られる内容は、まるで本当に『K』――川嶋の殺害現場または被害者の解体現場に居合わせたかのような臨場感も併せ持っていた。読んだものに川嶋事件を思い出させ、そして、もしかしたら自分のすぐ隣にも『怪物』が潜んでいるかもしれないという漠然とした不安を抱かせる、あまりにも強いリアリティを帯びた物語だったのだ。
当然、紗綾もその本は読んでいた。当時のことを胸が締め付けられるような心地で思い返しながら、ほぼ毎日のように読み返していた。
『今から語るのは、私の回想だ。
私と彼――あまりにも有名になってしまったが故に名指しはせずに「K」と呼ぶ――の犯した、取り返しのつかない大罪について懺悔するために語る、回想なのだ。』
この語りから始まる、「少女」――被害者の加藤美夢とよく似ている――を連れ去ってから監禁した数日間に行われた陰惨な暴行、そして殺害に至るまでの経緯、更に殺害後の猟奇的な所業について書き連ねる「私」の独白。
当然、話題の人物である内海の取材は、記者であるならば望むところであったが、『SouthernCross』が内海に単独取材を申し込んだのには、もうひとつの理由があった。
「内海 睦は、過去に川嶋事件に関係していた」
どこからともなく囁かれ始めたそんな噂話が、ひどく気になった。そしてどうにか編集長に掛け合って、ようやく得た機会を無駄にするまいと意気込みながら、紗綾は深呼吸して、インターホンを押した……。
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