ひしめく怪物ども

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ひしめく怪物ども

 内海(うつみ)の吐いた言葉、『怪物は私たちだけではない』に、紗綾(さや)は覚えがあった。彼は自著『Kという名の怪物』の終盤でも、事件のあらましを語ったあとの部分にその言葉を載せていた。小説として彼の“懺悔”を読んでいた読者たちに言い知れぬ不安を抱かせる一節だった。 『怪物は、私たちだけではない。あなたの周りを見渡してほしい。目に入ったうちの何人が、怪物になり得ないと言えるだろうか。』  ここから始まる、身近に起こりうる――或いは自らも犯しかねないほどの些細な“凶行の種”の気配を切々と語りかける部分こそが、『Kという名の怪物』を、川嶋(かわしま)事件を扱った他の作品と一線を(かく)す箇所でもあった。 「何を言っているの……?」  しかし、それを容易く受け入れることなどできなかった。怪物が自分たちだけではないなど、どうしてこの期に及んでいえるというのか。責任逃れの言葉など、到底許せるわけがなかった。  しかし、内海が続けたのは意外な言葉だった。 「あなたも既に出会っているはずだよ、私たち以外の“怪物”には。いや、今でも触れ合っているはずだ」  その言葉を聞いて、紗綾には“怪物”の正体に気付いた。少なくとも、内海の指す“怪物”が何者なのか。 「逮捕されたとき、私は抵抗した。私は川嶋くんとともに退屈を忘れたかっただけだ、一晩のアバンチュールのような感覚だった、それなのに人生を壊されてたまるか、そう思ってね。  そして、無罪になるまでの間、私はその“怪物”の存在と、恐ろしさを知ったよ。刑務官のラジオで連日流れてくる、あの事件の“容疑者“たち。その誰もが、ただ気に食わないという理由で家を晒され、身元を明かされ、家族にまで危害が及ぶ。名も知らぬ相手からの誹謗中傷を受ける無辜の人々。それを嬉々として攻撃する、同じ立場のはずの人々。まるで、目覚めたばかりのバケモノが、餌を求めて歩いているようにも見えたよ。  当然、私を拘束する後押しをしたのも、これらの声だった。私についてあることないことを書き立て、あたかも私が人を人とも思わぬ狂人であるかのように騒ぎ立てた。それが変わったのは、私が裁判を受ける直前だった」  内海は言葉を切り、1度大きく息を吐き出してから。 「きっかけはね、“正義”に酔った一部の者によって、妻がレイプされたことだった。その月に生まれる予定だったお腹の子も、そのときに……。  不思議なことにね、それを皮切りに私を攻撃する声はサッと引いたんだよ。妻が自殺したあとには、まるで私が事件の被害者であったかのような扱いにすらなった……」  内海の言葉からは、“怪物”たちに対する強い嫌悪が滲んでいた……。
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