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遊女の朝雲が切られたのは一月前の事だった。客が無理心中を図ったのだという。
朝雲は刀を見るや否や叫び、その声は店の端にまで響いたとか。
客は朝雲を切りつけ自らの喉に刃物を当て自害した。それから朝雲は療養と言い暫く店に出ていない。
それが不満で俺は今日も店に足を運ぶ。
「あら、岡田様。これはこれは」
遣り手と呼ばれる老婆が愛想よくこちらへ近づいて来る。
「おい、今日も朝雲は店に出ないのか」
「私としても出したいのですがまだ体調が」
「なら、この次郎が来たと言え。さすれば心は天にも昇り、傷も治るだろう」
遣り手はじとっとした目でこちらを見た。俺は咳払いをする。
「いや何。顔を見るだけでもよかろう。菓子を持ってきたんだ」
「ならそう言えば良いのに」
遣り手は大きく笑った。
「まあ、あれから一月ですしね。顔を見るくらいなら大丈夫でしょう。どれ、部屋で待っていて下さいな。すぐ連れてきますので」
そう言って遣り手は「こちらへどうぞ」と二階へ上がった。まさか今日会えると思っていなかった俺は再会に胸を高鳴らせ、廊下を進んだ。
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