0人が本棚に入れています
本棚に追加
山手線
まだコートのいらない中秋の午後、ヒロシは客先周りで移動中であった。京橋のお客様の用をひとつ終えて次の五反田のお客様のオフィスに向かおうとしている。銀座線を使い新橋乗り換えでJR山手線で五反田に出るルートをとることにした。
新橋の山手線ホームに上がると、秋の澄んだ空気が清々しい。ヒロシは深く息を吸い込み、「ふぅ~」と吐き、ひと時を楽しんだ。すぐにホームに電車が入ってきて、ヒロシは中程の車両に乗ることにした。
窓越しに車内を見ると、ほど良く空いている。座席シートには一通り人が座っているが、車両内に立っている人は数人という状況だ。ドアが開くと降りる人はおらず、ヒロシはそのまま乗り込み、左側シートの鉄柱を握りながらその場に立った。
ほどなくして、発車を知らす相図の警笛音がホームに鳴り響いた。すると、左側シートの一番端、ヒロシに一番近いところに座っていた若者が慌てて立ち上がり、ヒロシの横を巻くようにして閉まる寸前のドアから飛び出て行った。ヒロシの目の前に1人分の席が空いた。
ヒロシは立っている何人かをさりげなくみて空いた席に興味がないことを見て取った。では、と、体の向きを変えて空いた席に座ろうと中腰になった。そレと同時に電車が動き出した。席には無事に座れたが、慣性の法則により、ヒロシの上体が少し左隣の客に寄ったようで少し強めに身体が寄り掛かってしまった。ヒロシはすぐに態勢を立て直して座り直し、隣の客に言った。
「おっと、すいません。」
ところが・・ヒロシの詫びに対してその客は無反応だった。ヒロシは違和感を覚えたが、どうやらその客はスマホの操作に夢中の様子だ。その客は40前後と思われる男性客だった。スーツ姿なのでヒロシと同じサラリーマンらしい。髪はさっぱりとして、スーツもキチッとした着こなしだ。メガネをかけている。堅い会社の社員と想像できる。
最初のコメントを投稿しよう!