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2. そして商人は剣を抜いてしまった
「次、どうぞ」
商隊が入都審査に入った。カウンター内で商隊を担当する審査官は細くてメガネをかけており、いかにも真面目で神経質そうな男だ。
「では、ギルド証をお出し下さい」
「あ、はい、これです」
代表の商人は手のひらサイズのカード、ギルド証を提示する。各国、もしくは各街の商人ギルドが発行している所属証明書だ。審査官はギルド証を受け取ると、ファイルを開きパラパラとめくり始める。商人が提出したギルド証の照合の為だ。ファイルには各ギルド証がびっしりと貼り付けられている。
「おい」
と、審査官は他の衛兵達に合図を送る。それを受け衛兵達は荷馬車の荷を確認し始める。
「ベール王国のギルドですね。ギルド証の発行日に間違いはありませんか?」
ギルド証の裏面には発行日が記載されている。
「はい、記載の通り……」
商人は言葉少なに答える。チラチラと荷馬車を見て、心ここにあらず、という感じだ。
「ベール王国のギルド証、デザインが刷新されましてね、何でも今までの物は偽造しやすかったとか……こちらはその古いデザインになりますね。順次新しいギルド証に交換しているらしいので、お早めに交換を依頼された方がいいですよ。ただ、なんせあちこち飛び回る商人ですからね、なかなか交換が進まない、とギルドの担当者が嘆いてました」
「はは、そうなんですか……」
相変わらず商人は荷馬車が気になるようだ。
「ただ、おかしいんですよね。デザインが刷新されたのは二年前、この発行日が正しければ、すでに新しいデザインのギルド証が発行されているはずなんですが……」
「!! ……そうなんですか、それは……おかしいなぁ……」
明らかに商人の態度がおかしい。すると不意に、
「あ! おい、そんなとこ……何もないぞ!!」
と、大きな声。荷馬車の底を覗き込んで確認しようとする衛兵。それを止めようと荷馬車の側にいた商人が怒鳴ったのだ。商人は衛兵の腕を掴み止めさせようとする。しかしグイッ、と逆に腕を掴み返され後ろにひねり上げられる。
「痛っ!」
商人を拘束したのは当然衛兵だ。荷馬車の周りにはすでに他の衛兵が集まっていた。
「なんて乱暴な! すぐに離せ!」
審査官の前にいた代表の商人は怒鳴りながら荷馬車へ向かおうとする。が、すでに衛兵に取り囲まれていた。
「お勧めしませんねぇ、おかしな真似は……」
右手でくいっ、とメガネを上げ審査官は商人を睨みながら話す。
「チィィ……!」
代表の商人はシュッ、と腰の剣を抜くと審査官に向かいその剣を振り下ろす。が、審査官はピクリともしない。
カィィィン!
商人の剣は弾かれた。カウンターの外にいた女の衛兵が、自身の剣を振り上げ弾いたのだ。そしてそれを合図に残りの商人達も剣を抜く。
「拘束!!」
審査官は商人達を制圧するよう、周りの衛兵に指示を飛ばした。
「うわ~!」
「キャ~!」
辺りはたちまち騒がしくなる。その騒ぎは門の外まで聞こえていた。
「うわ……ホントに始まった!」
「新入り殿ぉ!」
慌てるハイアーにボロウが叫ぶ。ハッ、とハイアーはボロウに言われた言葉を思い出した。
「皆さ~ん! 危険ですので門の外へ! 落ち着いて移動して下さ~い!」
ハイアーが人々を門の外へと誘導している間、ボロウは門の中央で槍を構え人々が戦いに巻き込まれないよう警戒していた。そしてこれだけの騒ぎだ、当然他の者達も気付き出す。
「おいおいブロウ、何か楽しいことになってんぞ!」
と言うや否やセスティーンは咥えていたタバコを放り捨て、剣を抜いて騒ぎに向かって走り出す。
「姉御、お待ちを! 殺してはいけませんぞ!」
ブロウはセスティーンの後を追う。
「はぁぁぁ、まったく……」
深いため息をつくファルエル。そして楽しく談笑していた女の手をとる。
「ちょ~っと待ってて下さいね、お嬢さん。あのバカ騒ぎを静めてきますから」
そう言ってファルエルは女の手に軽くキスをすると、スッ、と立ち上がり剣を抜いて騒ぎに向かう。が、騒ぎの中には入らない。
「右! 右からだよ! 違う! ほら、逆から挟めって、挟み撃ちだ! あ~、何でだよ!!」
本人は指示を出しているつもりらしいが、端から見ると単なるヤジである。
カン! カン! カカン! カシィィィン!
審査官の目の前では、商人と女の衛兵が激しく斬り合っていた。
(商人? どこが!)
女の衛兵がシュッと薙ぎ払う剣を、商人は剣を下に立て防ぐ。そしてバッ、と離れる二人。
「この者、商人ではありません。剣の扱いに慣れておりますゆえ」
女の衛兵は審査官に伝える。
「うん、だろうねぇ。ミンティ、決められますか?」
「は、ご命令とあらば」
ミンティはスッ、と剣を構える。左手を前に出し右手に持った剣を後ろに引き、切っ先は相手に向ける。一撃で相手を屠る時の構え。しかし、加減はしなければ……指示は拘束だ。
ミンティ・クラザ。一度剣を抜いたなら、彼女に並び立つ者はなし。そう噂されるくらい腕の立つ剣士だ。それほどの剣士ならば、騎士団でも軍でも重宝されるだろう。待遇だって衛兵よりもずっといいはずだ。だが、彼女はこの警備隊を選んだ。それは、とある理由があったからである。
ミンティはふぅぅ~、と息を吐く。そしてすぅぅ~、と息を吸いキッ、と商人を見る。ミンティが仕掛けようとしたまさにその時、
「っらぁぁぁぁぁ!!」
横から商人に飛び蹴りをお見舞いする者。
「っだぁ……!!」
飛び蹴りを食らった商人は見事に吹っ飛び、ゴロゴロと地面を転がり動かなくなった。
きょとんとするミンティ。そして「はぁ……」とため息。
「セスティーン、私の獲物を盗らないで貰えます?」
商人を蹴り飛ばしたのはセスティーンだった。
「アッハッハ! もたもたしてっからだよ! 次はどいつだぁ!」
セスティーンは次の獲物を探して走り出す。
「姉御ぉ! 助太刀いたすぞぉぉ!」
ブロウはセスティーンの後を追う。
「……あ~、もう!」
ミンティもその後を追う。そんな様子を眺めている審査官。
(これはすぐに終わるな……)
そしてタバコに火を点ける。
次々と商人達は拘束されて行く。そんな中、商人の一人が騒ぎの輪を抜け出そうとしていた。
「くそ……くそっ!」
門は……ダメだ。デカい衛兵が長い槍を構えて見張っている。ならば街の中しかない。このまま逃げて街の中に潜伏し脱出の機会を窺うのだ。
周りをキョロキョロと確認しながら走り出した商人は、すぐに何か大きくて柔らかい物にぶつかり弾き飛ばされた。
「っ痛ぅ~……何だ?」
商人が見上げるとそこに立っていたのは壁のような大男、スカーリだ。
「逃げちゃダメだぁ~」
そう言ってスカーリは商人の襟首を掴み、ひょいと持ち上げる。
「何の騒ぎだ!!」
辺り中に響き渡る突然の大声。スカーリが振り返ると、一人の男が立っていた。四十代前半くらいで整った顔立ち。目付きは鋭いが、どこか品のある雰囲気。この男こそが南門警備隊隊長、アステル・シーチだ。
「あ、隊長~、捕まえたぞぉ~」
「隊長!」
「隊長だ……」
衛兵達は皆、左拳を握り右胸に当てる敬礼のポーズをとる。
「うむ、良くやったぞ、スカーリ。ライシン、説明を!」
アステルはタバコをふかしていた審査官に説明を求めた。審査官は地面でタバコを消し、急いでカウンターから外に出る。
「はっ」
ビッ、と敬礼する審査官、ライシン・ボル。南門警備隊副隊長だ。剣や槍、組み打ちなど、衛兵である以上ある程度の武芸を求められるのだが、ライシンはその一切が不得手だった。絶望的な運動オンチなのだ。が、その分頭が切れる。彼はその頭脳だけで、帝都一過酷と言われる南門警備隊の副隊長を勤めているのだ。
「荷馬車の荷を検査中、その持ち主である商人どもが抜剣、襲い掛かって来た為制圧した次第であります」
「ふむ、理解した。その商人どもは牢にぶちこんでおけ。荷馬車を脇へ寄せろ、荷物を全て降ろし徹底的に調べ上げるのだ。他の者は入都審査を再開させよ!」
「「「 はっ! 」」」
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