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7. 拷問姫はゆるふわ系
「じゃあ新入りくん、目隠しだけ外してちょうだい」
「はい!」
マリアンヌの指示で、ハイアーは車椅子に拘束されている男の目隠しを外す。
「んん……」
男は眩しそうに小さく声を上げる。部屋は薄暗く、燭台に立てたろうそくの灯りが揺らめいている。それでもずっと暗闇にいた男にとっては、充分明るく感じたのだろう。
「ようこそ特別取調室へ~! 私は取調官のマリアンヌでっす! よろしくね~。これから君には色んな事を聞いていくから~、正直に答えてね! あ、聞くって言っても~、身体にだからね! クスクス~」
「んんー! んが! んがー!」
「はいはい、静かにしましょうね~」
叫びながらグイッ、グイッと身体を動かし暴れる男。それを子供でもあやすかのようになだめるマリアンヌ。その様子を眺めながらハイアーは思った。
(あぁ、やっぱりまともな人ではなかったか……)
肩くらいまでのフワフワの金髪、顔立ちはキレイ、と言うよりカワイイ感じ、メイクもネイルも抜かりなく、何の香水だろうか、甘い香りを漂わせている。曲者揃いの南門警備隊において、実に貴重なまともな部類の人かと思った。が、違った。まともな人間ならば、どれを使って痛め付けようか? などと笑みを浮かべながら道具を選んだりはしないだろう。
そう、ここは南門警備隊。帝都一過酷と言われている部署だ。まともな神経では勤務など出来ないという事か。
と言うことは、自分もいずれまともではなくなるのか? いや、自分でまともだと思っているだけで、実は自分もすでにまともではないのか?
「新入りく~ん、手伝って~」
「あ、はい!」
モヤモヤと考えている場合ではない、今は仕事に集中しなくては。仕事に……
(やっぱ嫌だな~……)
でも仕方がない、と腹をくくるハイアー。
「指が真っ直ぐ伸びるように、この革ベルトでグッと絞り上げてね~」
「……はい!」
車椅子の肘掛けは、手の平を広げ指を伸ばしても充分なくらい前に突き出ている。ハイアーはマリアンヌの指示通り男の右手の指、第二関節辺りを肘掛けごと細い革製のベルトでグイッ、と絞り上げる。これで男は指を動かす事も出来なくなった。
「うん、いいわね~。じゃあ、手始めに……これから行ってみよ~!」
掛け声と共にマリアンヌが手にしたのは針。しかし針とは言っても、そこらで良く見かけるような細い縫い針ではない。ブーツなどを作る際に革の縫い合わせに使うような太い針だ。そしてその針を男の右手の人差し指、その爪と肉の隙間にあてがう。
「んー! ん! んん! フゥー、フゥー……」
男は目を見開き、何やら声を上げ訴える。何を言いたいかは想像がつくが……
「あははは! 元気いいわねぇ~。 大丈夫よ、こんな事で死んだりしないか……ら!」
話し終わりと同時にグッ、とマリアンヌは針を押し込む。
「!! んん! んー!」
男の爪は見る間に真っ赤に変色して行く。
(うわ~……!)
針は第一関節辺りまで刺さっているようだ。男の人差し指は針が刺さったままピクピクと動いている。
「分かる分かる、痛いよね~。指先って神経がこう、ギュ~って集まってるらしいから、ちょっとのケガでも痛いんだよね~」
話ながらマリアンヌは二本目の針を手にして今度は中指にあてがう。
「じゃあ二本目行っちゃおうかな?」
笑みを浮かべながら針を押し込むマリアンヌ。その様子を終始顔をしかめながら見ているハイアー。
「んん! んんん! んお! んがが!!」
「もぉ~、うるさいなぁ。新入りくん、口のヤツ取ってあげて」
「はい!」
ハイアーは男の口にかまされている猿ぐつわを外す。
「んあっ! ハァハァ……頼む! もう止めてくれ! 話すから……全部話すから! もうこれ取ってくれ! 全部話す……」
「新入りく~ん、口の、戻して」
「あ、はい!」
ハイアーは再び男に猿ぐつわをかます。
「おい! 頼む! 本当に……んががが! もがが!」
マリアンヌはグッ、と男に顔を近付け話し出す。
「私ね、久々のお仕事なの。しかも今日は後輩も見学しているの。分かる? 私ね、張り切っちゃってるの。なのになぁに、あなた? まだ二本目よ? 足まで入れれば指はまだたくさんあるじゃない。それに他の道具も色々用意しているのよ? 男の子なんだから、ちょっとは我慢しなさい、ね?」
ニッコリ微笑むマリアンヌ。そして三本目の針を取り出す。
拝啓、母上様。
私は今日も帝都の平和の為、任務に邁進しております。
帝都の正門とも言われる南門を警備する先輩方は、優しく頼り甲斐があり、同時に一癖も二癖もあるまさに歴戦の強者、と言った印象です。
そんな中でもとびきりの方が今、目の前におられます。一見すると非常にまともそうな美女、マリアンヌさんです。彼女はこの隊でも一番の曲者でしょう。
彼女の正体は、ゆるふわドS女です。
「ちょっと新入りく~ん! 何を呆けているの? 手伝って~!」
「は! ……はい!」
男のうなり声が響く中、軽く現実逃避し母に向けての手紙を心の中で綴っていたハイアー。マリアンヌの声で現実に引き戻される。
「次、左手も縛ってね~?」
◇◇◇
「何なのあの子達、八人が八人ともみ~んなすぐに喋ろうとするじゃない? 私ね、今日は本当に久々のお役目だったのよ。まぁ今日はあなたがいたから? 軽めにしておいてくれ、って副隊長から言われていたし? でもまぁ八人もいるし? 楽しめると思っていたのよ? それが何なの!? 私今日針しか打ってないじゃない! 鍼灸師じゃないのよ! もうちょっと根性見せなさいよね」
憮然とした表情でカリカリと報告書を書くマリアンヌ。その傍らでぐったりとしているハイアー。
「こんな事なら奥の寝室(倉庫)で眠ってるあの子達(他の拷問道具)も連れてくればよかったわ。ハンドルを回して足をグイグイ広げるあの子(拷問道具)とか、中にぶち込んで外から火で炙るあの子(拷問道具)とか……」
◇◇◇
「副隊長……」
「おや、ハイアー。終わりましたか?」
詰所で書類整理をしているライシンの下に、フラフラのハイアーがやって来た。
「報告書であります……」
「ああ、ご苦労……大丈夫ですか?」
「はい、いえ、はい!」
(どっちだろうか……しかしこの様子だと、マリアンヌの助手は無理そうですね)
マリアンヌがまとめた報告書を確認するライシン。そして「はぁ~」と溢れるため息。
「副隊長、どうされましたか?」
「え? ああ……ハイアー、中は?」
「いえ、見ておりませんが……」
するとスッ、と無言で報告書を渡すライシン。
「は、失礼します!」
ハイアーは報告書を受け取り目を通す。
「これ……バルムント刀剣……て、中央広場へ向かう途中にある、あそこですか? あの大きな……」
「そうです、バルムント刀剣店。帝都でも有名な鍛冶店ですね。我々治安維持部隊の装備品の一部や、式典などで使用される模造剣なんかを生産しています。陛下はあそこの製品の意匠を大変気に入られており、数年前には皇室御用達の看板を掲げる許可も与えています。
あの密輸業者、これが初めての仕事だったようですね。だからあんなに手際が悪かった。ギルドカードのデザインの確認など基本でしょうし、そもそも我々の仕切るこの南門を通る事自体無謀です。そんな新米密輸業者にどんなコネがあったかは知りませんが、あのバルマーウルフはバルムント刀剣に持ち込まれるはずだった。厄介ですよ、これ……皇室御用達の看板を掲げている以上、おいそれと捜査には踏み込めません……」
「は、では今後はどのような……?」
「うん……一先ずはハイアー、君はもう時間なので上がって下さい。疲れたでしょう? ご苦労でした、ゆっくり休んで下さい。後の事は……隊長に丸投げしましょうかね?」
「は……え? 丸投げ……ですか……」
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