バケモノの苦笑

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バケモノの苦笑

「俺は《バケモノ》だ。」 比喩ではない。 人間が言う所の、本物のバケモノなのだ。 その証拠に、俺には人間と同じ血は流れていない。 それに人間の五倍の力も持っているし、口から火を吐くことだって出来る。 俺達は、遥か昔から密かに存在している。 《人間を倒し、地球の覇者に》 それがバケモノ達の、先祖代々からの悲願であった。 しかし人間は強くなりすぎた。 兵器を作り、人数も増え、 とても俺達の手に負えない。 幸運なことに、 姿形は人間と瓜二つだったのであったので、人間社会に潜み生き延びてきた。 いつか来るかもしれないチャンスを待ちながら…。 勿論俺も同様だ。 が、人間と偽り生活する中で俺は禁忌をおかしてしまう。 人間の女を愛してしまったのだ。 「貴方の目が好き。澄んで綺麗な…。」 彼女は微笑みながら、しばしばその様に俺を誉めてくれた。 「君のほうが100倍綺麗だ。」 その言葉がいつも恥ずかしく言えなかった。 結婚して少したった頃、妻が妊娠した。 俺は少し心配だった。 これまでの歴史の中で、バケモノと人間のハーフは何人か生まれている。 しかし、そのうち半数は生まれて直ぐに死んでしまう。 生き延びた内の半数が、身体に何らかの障害を負う。 生まれた時から、いくつもの確率の壁を乗り越えなければならない。 その苦難を勝手に与えるのは、傲慢なのだろう。 しかし、俺と妻の子ならば越えられる。 そう思っていた。 そして、息子は「とても元気な子」だと助産師にお墨付きを与えられながらこの世に降り立ってくれたのだ。 俺は、この子から離れず守り抜くと決めた。 それから先はとても幸せな日々だった。 慎ましくも平和な日々。 無邪気な息子や、いつも優しく微笑んでくれる妻。 この幸せがいつまでも続けばいいと思った。 しかし、現実は無情だった。 ある夏の日。 9歳になったばかりの息子が、信号無視の車に跳ねられ重症。 頭をうち、大量の血が出ているという。 俺はその日、仕事の関係で海外出張しており、電話を受けることができなかった。 「緊急手術を受ける」 着信履歴と共に来ていたメールに気づいたのは、メールが来てから六時間程経過した頃だった。 俺は血の気が引いた。 混乱する頭を落ち着かせ、震える指を押さえながら妻に電話をかける。 「手術は成功よ!!」 妻は泣きながらそう答えた。 俺は一言「良かった」と伝え電話を切った。 「どういうことなのだろう。」 それを良く考えなければならないと感じた。 数日後、俺は家に帰宅した。 家のソファーで頭に包帯を巻いた息子が寝ている。 息子の顔を、良く観察し、そして確信する。 《似ていない》 俺が、出張中ずっと考えていたのは 「血」のことだ。 バケモノと人間の子供には、普通とは違う血が流れている。 故に、人間の血を決して身体の中に入れてはいけない。 もし、誤って人間の血を入れれば拒絶反応を起こし死んでしまう。 バケモノと人間のハーフには、バケモノの血を輸血しなければならないのだ。 事故の話を聞いた時、血の気が引いたのは、早く俺の血を差し出さなければ死んでしまうと思ったからだ。 しかし、息子は助かった。 「あら、貴方帰ってたのね!」 妻が帰って来た。 買い物に行っていたのだろう、袋一杯に沢山の食材を入れている。 「出張どうだった?疲れたでしょ?」 彼女は微笑む。 俺は妻を騙している。 俺はバケモノなのだ。 だから妻がどんな嘘をつこうが、息子が誰の子だろうが、俺には責める権利はない。 「ふふ。久しぶりのご飯、頑張って美味しく作るわね。」 …それにしても、何て無垢で綺麗な微笑みをするのだろう。 なんてことはない。 妻もまた、《ある種のバケモノ》だっただけのこと。 俺は妻に、苦笑混じりで微笑み返したのだった。
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