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【二着のウェディングドレス】
翌日、渡辺さまにお電話を致しました。
「あの……ドレスなのですが……」
突然現れた何者かに持っていかれたとは言えません。
「あの、コーヒーを盛大に零してしまって、とてもではないのですがお渡しできる状態ではなくなりました。作り直したいのですが」
途端に電話の向こうで、くすくすと笑う気配が致します。
『まあ、また来たのね』
はっきりとそうおっしゃいました。
「え、何がです?」
確認の為聞いておりました。
『ああいうのはなんて言えばいいのかしらねえ。一応座敷童と、私達は呼んでいるんだけど、全然座敷にはいないのよね』
現れた少女の姿が脳裏に甦りました。
『私が子供の頃からよ、何かと言うといたずらをして、自分がここにいるよーって訴えるのよ。でもね、座敷童が出ると必ずいい事があるの。大学受験の前日に筆箱隠された時にはさすがにムカついたんだけど、隠された大学だけは合格してたわ、本命の、無理だと言われていた大学だけ』
他の滑り止めで受けた「余裕で入れるところ」は、むしろ全滅だったとか!
『──私ね、本当は双子だったの』
急に声に淋しさが滲みました。
『でも、姉だけ死産だった、お腹の中で亡くなっていて……きっとその座敷童は姉だと思うの。姉はずっと私の傍に居て、一緒に成長してきたんだと思う』
「──はい」
きっとそうだと思います。
『その姉がドレスにコーヒーをぶち撒けたのね。ふふ、じゃあ、この結婚は間違いないんだわ、きっと末長く幸せに暮らせるってことね』
「はい」
力が漲った渡辺さまの声に、私も元気が出ました。いい事をしたのだと、自信も持てます。
『なんなら汚れたままでもいいですよ、座敷童の所為だと言えば、家族も納得すると思います』
「いえ、実は、持っていかれてしまって」
『まあ』
渡辺さまは嬉しそうに笑い声を立てました。
『お姉ちゃんったら、自分も結婚したかったかしら。うふふ、判りました、姉の分も料金はお支払いしますので』
「いえいえ、それはさすがに頂けません。頂きたいのはお時間だけです」
『まあ、時間ならいくらでも。また試着した方がいいですか?』
「ええ、できれば」
いつ試着をするか、納期の相談も致しました。
そして二着目のウェディングドレスの納品当日、内祝いと書かれた包みを頂きました。
贈り物のお返しに使う事が多い言葉ですが、本来の意味は「我が家でいい事あったから一緒に祝ってください」と言うような意味があるようです、それに倣ったのでしょう。
この度の結婚式に関わらせていただいたお礼と思い素直に受け取ったのですが、そこにはクッキーと共に、ポチ袋に入ったお金がありました。元のドレス代の半額が入っていたのです。
頂けません──ですが、大切なお心づかいと思えばお返しするのも失礼です。また何かの機会がありましたら、別の形でお返ししたく思います。
*
そして、数週間後。
渡辺さまから封書が届きました。お礼状と共に、一族の集合写真が入っていたのですが──これは、私だけに見えるのでしょうか。
新郎と並ぶ渡辺さまの隣に、全く同じドレスを着た女性が立っています。確かによく似たかんばせです──双子のお姉さまが写っているのです。
そして二十数名の一族の背後には、大きな黒い影が──さすがにこれを何も言わずに私に送ってくださるとは思えません、写っている皆様も喜んで受け取っているとは思えないないのですが……きっと間違いなく、私だけが見えるのでしょう。
しかしそこから感じる気持ちは祝いや喜ぶ気持ちばかりです。黒い影は保護者か、あるいはお姉さまの配偶者のつもりなのかもしれません。
私は笑顔になっていました。素敵な写真です、レジの脇のコルクボードにそっと貼っておきました。
お手紙を受け取った知らせと共に、贈りたいものがあります。渡辺さまのドレスの切れ端で作った、ミニチュアドレスです。
ひとつは完成しています、でもどうせなら二着プレゼントしたいですから。
できるだけ写真にもあるご注文のドレスに近づけますが、パールの刺繍は勘弁してくださいね。
さあ、急いで、お祝いの品を完成させましょう。皆様の幸せを願って──。
終
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