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馬車の中の二人
新年が明け、エッガー家の家督相続に決着がついた為、フィンリーは長い冬休みをわずかに残して、中央都市オークラルドに戻る事になった。
凍てついた街道を馬車で、フィンリーとルナがオークラルドの街に向かっている。氷の上をガタガタと行く振動は、クッションを敷いても激しく揺れる。汽車に乗るまでの長い辛抱になっていた。
ルナはフィンリーとは別の辛抱をしていた。
「ルナは大丈夫? 寒くない? 」
フィンリーは口先だけの心配をして、時々ルナの顔を覗き込む。
「いえ、少しも寒くないです」
ルナは顔を赤くしてはそう答えている。
空気は冷え冷えとしているが、狭い馬車の席を横に並んで座り、ルナが振動で転げないようにとフィンリーがずっと腰に腕を回して支えていた。片方の手もずっと握られて手が冷たくなる筈がない。
このやり取りをもう夜明け前から何度も繰り返している。ルナは朝から落ち着かない。
『フィンリー様は、結構しつこい……』
ルナが恋人とも婚約者ともお断りをしているのに、行き場のないルナを半ば強引にオークラルドに連れて行くという。ルナとしては、公爵子息付きのメイドとして。
馬車の外が一面の銀平野に差し掛かり、ついひと月前の事を二人は思い出している。その時は、結婚が破談になったルナが、この寂しい街道を独りで歩いていた。
「ついひと月前、ルナはここを歩いていたね。無謀だったね。夜は狼が出たかもしれないのに」
そうフィンリーが言うと、いつもと違う話題を振られてルナはホッとする。
「夜までには町に着くと思ったんです。思ったよりもトランクが重くて」
「会えて良かったよ」
フィンリーが整った顔に優しい笑顔を映す。不意打ちの様に目を合わせてしまい、ルナはしまったと顔を下に向ける。
『話を全部そっちに持っていかれる……』
ルナがため息をつくと、馬車が片側の車輪がガタッと上がり、フィンリーの支える腕に力がこもる。
「ルナは……顔も見たこともない男との結婚は決めたのに、なぜ僕はダメなんだ? 」
二人きりの長い旅路を機会とばかりに、フィンリーはルナに質問を浴びせた。
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