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ウォルカーの恋人
オークラルドでの初めての朝を迎え、ルナは窓の外の明るく白む景色を楽しんでいた。
街の中心地を一望出来る光景に圧倒された。柔らかなレンガ色の屋根や、ベージュ色に褪せた漆喰の外壁、大理石の彫刻を備えた建造物、遠くには複雑なアーチの屋根を持つ教会が見える。見下ろせば、波紋を模した石畳みと凍りついた雪の路を急ぐ人波があった。
住み慣れた町とは一転して都会に来た事に興奮しているルナだ。身支度はとうに整っている。
コンコンッと、寝室のドアをノックする音がした。返事をするとドアが開いた。
「おはよう、ルナ。早いね」
早いねと言うフィンリーの方も、殆どの支度が整っている様に見える。ただ、ワイシャツに巻く前のネクタイを首から下げている。
ルナの立っている窓辺まで歩み寄り、ルナが観ていた景色をなぞる様に確認すると、ネクタイを締めるのをねだる仕草をしてくる。
「おはようございます」
軽く会釈して、ルナはフィンリーのネクタイを締める。人懐っこい笑みでルナを見下ろすので、ルナの視線はネクタイよりも上に行けない。
ネクタイが締め終わると、フィンリーはルナの頬にキスをした。
「それじゃあ、下のラウンジで朝食を取ろう」
ルナはこんなやり取りを恋人未満で繰り返して、難攻不落の様になってしまっているのは自分が悪いのかと、先を行くフィンリーの背中を眺めながら小さく息を吐いた。
ホテルのラウンジでは、ウォルカーと今朝初めて会う女性が一人、先に朝食を取っていた。
マティーと名乗る女性は、ウォルカーの恋人と紹介を受けた。柔らかいウェーブのかかる髪を後ろに巻き上げ、並んで座るウォルカーとの仲睦まじい様子に、ルナは憧れを抱いた。
とても、とても自然な二人!!
そう思うと、フィンリーには自分がとても歪な存在に思えて罪悪感を覚えた。
いえ、今は……それをおくびにも出してはいけない。ルナは、出来るだけにこやかに振る舞おうと努めた。
「今日は僕たちはアパートを探しに行くから、君たちはルナの雑貨を買いに行くと言う事で」
ウォルカーが、今日の予定について話し始めた。ここでその予定を知ったのはルナだけだった。大学寮からアパートに引っ越すという。
「それは、マティーさんに随分甘えてしまう事になります」
と、ルナは断ろうとすると、マティーは快活な性格を表に出してきた。
「いいのよ、ルナ。私、どちらかと言うと鬱陶しいぐらいのお節介焼きなのよ。この話を提案したのも私。何日も前から回るお店を決めていて、とても楽しみにしていたのよ。私から楽しみを取らないでもらえないかしら?」
そう話すマティーをルナは改めて見つめる。キラキラとした柔らかい目には力が宿って、そう……命の光も、とても輝いて眩いくらい……こんなに安心させてくれる命の持ち主は、なかなか出会えない。
フィンリーとウォルカーの恋人同士と言うわけにはいかないが、ルナはマティーの眩しさに心惹かれた。友人になれなくても、この人を知るのはどんなものだろうと興味を持った。
フィンリーに恥をかかせるわけにはいかないと自分に言い聞かせ、今日一日、マティーと買い物に行く事にした。
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