『バ』ケモノ

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 小西さんの話を聞いて俺は不安になっていた。昨夜みた白いアレはビニール袋じゃなく、幽霊なんじゃないかと。それも悪霊の部類の。しかし、小西さんは幽霊ではなくバケモノと言っていた。バケモノというと、狸や狐が化けたもの、あるいはろくろ首やぬりかべといった妖怪のイメージが強い。  白くて、四つん這いの妖怪――思い当たるものはない。オカルト系に詳しい人であればアレが幽霊なのか、それともバケモノなのか教えてくれるはず。正体さえわかれば対策法もあるだろう。しかし、あいにく俺の周りにはそういう奴はいない。  ギッ……  思考を遮るように部屋が鳴る。  奴が来た。寝ている時に襲われては困ると思って起きていたが、零時を過ぎてすぐにやってくるとは……よほど俺の存在が気になるらしい。懐中電灯とつっかえ棒を握りしめて窓を凝視する。入ってきたら目眩ましをして突き落としてやる。ここは六階だから落ちたらただでは済まない。バケモノならダメージはあるはず。物理攻撃が効かない幽霊だったら……お手上げだ。南無阿弥陀仏でも唱えよう。 「バ……バ……」 「なんだ?」 「バ……バ……バ……」  コンコンコンコンコンコンコンコン  変な鳴き声が聞こえてきたと思ったら、上から白い手が伸びてきて俺の部屋の窓を叩き出した。  人とは思えない、透き通るような白さに息を呑む。起きていて正解だった。熟睡していたら窓を割られて侵入されていた。そしたら俺の命はなかっただろう。  パラパラと音を立てて白い粉が落ちる。マンションの壁に使われている素材だろうか。ジリジリと窓に近付く。頭が見えたら懐中電灯で照らしてやろう。怯んでいる隙に窓を開けて棒で突いてやるんだ。頭の中でシミュレーションをし、屈んで突きやすい姿勢になる。  バケモノの生白い頭が僅かに見える。  ここだ!  窓に手をかけ、ガラッと勢いよく開ける。鍵をかけていなかったのは手間取らないためだ。先に侵入されるリスクもあったが、俺の勝ちだ。  頭に狙いを定めるために上を見上げる。  白い、獣のような姿勢のバケモノがいた。黒々とした目は奇襲に驚いているようで、俺をじっと見つめている。不意打ちを喰らわせたのは俺の方なのに、一瞬怯む。目に驚いたわけじゃない。  人間でいう口の位置、そこに三日月型の、血のように赤い口が顔の端から端まで伸びていたのだ。頭に浮かんだのは口裂け女。しかし、目の前のバケモノは女ではない。男でもないから性別不詳だ。  ドスッと鈍い音を立てて、ぐらりとバケモノが揺れる。そのまま落ちるかと思われたが、  ギッ、ギッ、ギッ、ギッ  ミシミシミシ  マンション全体が大きな音を発して、揺れた。  どこからか同じ形のバケモノが現れる。蜘蛛のような動きで集まり、落ちる寸前のバケモノを支えた。  彼らはギロリと俺を睨み、 「バ! バ! バ! バ!」  と、近所迷惑になりそうなほどの大きな声を上げて俺を威嚇してきた。バケモノの数に驚いて動けずにいると、一際大きなバケモノがこちらにやってきて、俺の顔の倍以上ある、爬虫類のような手の平を伸ばしてきた。咄嗟に躱そうとしたが、それよりも早く俺の顔は掴まれてしまった。  ぎゅうと、力を込められたせいで上手く息が出来ない。なんとか逃れようともがいてみるが、鼻も口も塞がれた状態では力が入らない。段々力が強くなってくる。意識が朦朧とし始め、気付いたら俺は自室の窓の側で仰向けになって倒れていた。
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