『バ』ケモノ

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 目覚めてすぐ窓から上半身を出して外壁を見渡す。太陽に照らされたマンションは光を受けて白く輝いている。普段なら爽やかな朝だと思うだろう。しかし、あんな体験をした今は悍ましさしか感じない。  バケモノどもがいないことにホッとして、改めて自分の体に触れる。異常なし。念の為に鏡で隅から隅までしっかり確認しておく。顔を掴まれたが、痕は残っていないようだ。気絶している間に何かされた形跡がないことに安堵し、朝食をそこそこにマンションを飛び出した。  近所をぶらぶらし、不動産会社の開店時間まで適当に時間を潰す。これ以上あのマンションには住めない。一体だと思っていたのに複数いるなんて聞いてない、半年で引っ越すのは癪だけど仕方がないなど、心の中でひとしきり言い訳をする。  開店後、早々に引っ越しをするとお金がかかると説明されたが、命にはかえられない。これ以上被害を出さないように、懇切丁寧にあの部屋を貸してはいけない理由を話した。訝しがられたが、何も知らない人が借りてまた半年後に引っ越すのは外聞が悪くなるだろうと説得をした。しかし、「何を言ってるんだこいつは」みたいな顔をしていたから、俺の意見が通ることはないかもしれない。  引っ越すまでの間、俺は小西さんの家に泊めてもらった。小西さんは「よくあることだから気にしないでほしい」と笑い、ちゃんと退去手続きをするなんて偉いと褒めてくれた。話を聞くと、あの部屋に住む人は小西さんの世話になることが多く、手続きをする人も滅多にいないから、俺は真面目な人間の部類に入るらしい。 「みんな逃げるように退去するんだよなー。ま、アレに出くわしたら逃げたくなるのはしょうがないけど」 「どうしてあの部屋だけバケモノが覗きに来るんでしょうね……」 「うん? 君だけ異端だからだぞ」 「え?」 「バケモノは全ての部屋にいるからね」  *
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