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4話 数学の小山内先生②
『ミッキーマウス』の軽快なリズムが誰もいない橙色の教室に響く。なぜ宇須尾が教室で『ミッキーマウス』を熱唱しているのか、理由は案外簡単だった。世の高校生はディズニーランドなるものが好物らしいとの情報を独自の情報網(聞き耳をたてただけ)によりゲットした為である。そんな情報を手に入れたら友達のほしい宇須尾は黙っていない。早速スマホでディズニーランドと検索し、ヒットしたのがあの有名な曲、『ミッキーマウス』だった。
放課後、クラスメイトが全員いなくなったのを見計らって宇須尾は歌の練習をしている。「このミッキーマウスのミの高さが課題だな・・・」そうブツブツといいながら、宇須尾は真剣だった。その時だった、突然教室のドアが開き、小山内先生が「早く帰れ~」と、とぼけた抑揚をつけながら、入ってきた。
さて、どうしたものか。つっこむ事が多すぎて言葉が見つからない。困った。目の前の宇須尾はキョドっていて、焦点が合っていない。とりあえずここは、「宇須尾こんな時間まで何してるんだ。」そう言い切った後で後悔した。こんな訊き方してしまったら、「ミッキーマウス歌ってました。」としか答えようがない。すまない宇須尾。「えっ、あっと、そのですね、ミッキーマウスを練習していました。・・・すいません。」いつもの授業でみせる、『誇り高き陰キャ』設定が台無しだぞ。そう思いながら小山内は1番の謎について訊いた。「ミッキーマウスをどうする気だ。」少し語弊が生じそうな発言だが、まぁいいだろう。「えっとですね、明日の数学の授業で僕の『ミッキーマウス』を披露しようと思いまして」コイツは私の授業を何だと思っているんだ。止めなくてはならない。でも、・・・小山内はこれまでの宇須尾の奇行を思い出した。一見ただの問題行動なのだが、宇須尾は毎度悪意のない目でいつも真剣だった。何か明確な意志があるようだった。それを大人として台無しにしていいのか。いや、駄目だ。小山内は決意したように顔をあげると、いまだ顔を赤らめてキョドっている宇須尾の目を見つめると、「頑張りなさい」自分がどんな顔をしていたかは分からないが、多分、仏のように悟った顔をしていたのだろう。そして宇須尾は驚きと喜びの混じった顔でしばし考えた後、キメ顔で「いって参ります」と深く敬礼した。暗くなりかけた教室に2人の影が僅かな夕陽を受けて大きく浮かび上がっていた。
翌日の5時限目の数学、『ミッキーマウス』を歌い終えた宇須尾は数名の先生に囲まれながら、共犯の小山内先生と一緒に唖然とする生徒達の横を堂々と職員室へと連行されていった。
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