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2話 渡辺美香子
私には悩みがあります。 最近隣の男の子から猛烈な視線を感じているのです。目が合う程度なら悩みません。彼はずっと私を見てくるのです。それも無言で、じっと、目をバッキバキにさせながら。
犯人は宇須尾です。言うまでもありません。彼はこれで友達が獲得出来ると確信しているので、悪びれる訳でも、恥ずかしがる訳でもありません。それがむしろ渡辺さんを怖がらせているとも知らずに。当然、宇須尾は渡辺さんを怖がらせるつもりはありません。ただ話しかけてほしいのです。彼自身も挨拶はするように心掛けています。「おはよう」・・・伝わりません。「今日はいい天気だよね」これも伝わりません。それもそのはずです、宇須尾、目ではなく声を出しなさい。
「あっ、あの宇須尾君、なんていうか、その、」 渡辺さんあなたはスゴい。未だに視線をおくり続けてくる陰キャ兼奇人に声をかけたのは、あなたが初めてです。毎日向けられる粘着質な視線に耐えられなくなった節もあるとは思いますが、それでもあなたはスゴいです。「なんていうか、その、私なにか気に障るような事しましたか?」震える声でそう尋ねた彼女は今にも泣きそうでした。いけ、宇須尾、誤解を解いて早く言うのだ!「友達になって下さい」と。
宇須尾は酷く混乱した。それはもう足の震えで、半径5メートル以内の机がガタガタと音をたてるくらいに。彼の脳内は大忙しだ、なんせ女子と言語を交わすのは母親以外7年ぶりなのだから。失敗は許されない。ここは確実かつ端的に、「えっと、その、私の母親になってくれないか」・・・やってしまった。直前に母親の顔がよぎったせいで友達になって下さいとマッチングさせてしまった。そして宇須尾は自分の失態に絶望し、椅子から落ち、意識を飛ばした。
眩しい窓からの日差しは撃沈した僕を追撃してくる。正直、目覚めたらそこには渡辺さんがいて、みたいな展開を期待していたのだが、運び込まれたらしい第2のマイホーム(保健室)にいるのは、すっかり顔馴染みとなった芋が丘先生だった。彼女は彼女で名前のせいもあり、学生時代は悲惨だったらしい。容姿はそうでもな、くはないのだが。(この話題の追及は控えてほしい) 芋が丘先生は、こちらに哀れみとも共感ともとれる視線をこちらに向けている。
わたくし宇須尾の人生はつくづくハードモードというか、陰キャモードらしい。
宇須尾から突然「母親になってほしい」と言われた渡辺さんは翌日知恵熱で学校を休んだ。
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