若侍とすず姫、鬼の三角のはなし

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若侍とすず姫、鬼の三角のはなし

 千年以上も昔の話です。京で名の知れた若侍が、すず姫と彼女の兄ふたりを伴って、若狭国(わかさのくに)から街道を南へ上っておりました。  姫はその美しさを伝え聞いた貴人に招かれ、丹後国(たんごのくに)舞鶴から京へ上る途中でした。高浜へ抜ける峠で山崩れに遭い、なんとか小浜(おばま)へたどり着いたものの、供の者と荷物を失って困り果てていたのです。  若侍は高名な陰陽師から、「若狭へ(おもむ)け。困っている者と会うはずだ。お救いせよ」と申し渡され、着いたばかりのところで、すず姫たちと出会ったのでした。  一行は水坂(みなさか)峠を越え、日暮れ前に朽木(くちき)宿に着くと、若侍の知り合いを頼って宿をとりました。  夕食後、若侍は湯殿(ゆどの)で汗を流し、旅の疲れを(いや)します。芋名月(いもめいげつ)まで2日、草むらではしきりと虫が鳴いておりました。 「陰陽師の申すとおりにした。だが姫の警固だけが俺のする事とは思えぬ」 「はい。あなた様にはぜひ、していただきたい事がございます」  背後から聞こえたすず姫の声に、若侍はあわててふり向きました。ところが姫の姿は見えず、ただ1匹の虫が湯殿の床で、「りいん」と鳴いておりました。 「鈴虫の音を人の声と間違えるなど、姫の美しさに心惑わされてしまったか」 「幻ではありません。私がほんとうの『すず』なのです」  すきま風で湯けむりが揺れると、そこには壷装束(つぼしょうぞく)を着た姫の姿がありました。 「面妖な。俺を(だま)そうとするのであれば、承知せぬぞ」 「あなた様を欺いているのは、私とふたりの兄に化けた、3匹の鬼でございます」  若侍は壁に掛けた太刀を手に取ると、すず姫に詳しく語るよう求めました。 「まず、私に化けたのは、『三角』という三本角の鬼です。山崩れにあったというのは鬼の嘘。峠で鬼に襲われ、私ひとりが生き残ったのでございます」 「失礼ながら、俺が鬼ならば姫こそ先に食べてしまいたいと考えるが」  若侍は言い終えると急に、ほほが火照(ほて)るのを感じました。 「私が京に招かれていると知り、三角めが悪知恵を働かせたのです」  姫は眉をひそめ、悲しげに首を左右にふりました。月明かりのせいか、顔の色がわずかに青ざめて見えます。  三角は姫になりすまし、ほかの2匹とともに京へ上って、存分に人を食らうつもりでいるそうです。 「私は虫に姿を変えられて、市女笠(いちめがさ)の内に囚われておりました。後の楽しみに、取っておかれただけなのです」 「鬼の考えそうなことよ。なるほど俺が遣わされたのは、姫を救い、鬼を退治るためか」  若侍は納得がいったと、うなずきました。 「姫、よくぞ逃げてこられた。ところで鬼どもは今、どうしておる」 「三匹とも、ぐっすり寝ています。ですが私はそろそろ戻らないと。三角が目を覚ましたら大ごとです」 「それより今のうち、寝首を()いてしまおう」  若侍が立ち上がり、太刀を手にしますと、姫は声をあげました。 「それでは私にかけられた変身の術が解けません。ただ今この姿でいられるのは、お月さまの光を浴びているからなのです」 「だが三角が姫を元に戻すのは、京で人を食らいに食らった後、姫を食べようという気になってからのこと。そうはさせられん」 「お願いでございます。鬼を脅すなりして、なんとか術を解いてくださいませ」  姫が浴衣の胸に飛び込んでくると、若侍は湯あたりのせいか頭がぼうっとなりました。 「あなた様だけが、頼りでございます」 「ならば京へ使いをだして、鬼どもを取りおさえる手はずを整えさせよう。宿の主人とは縁が深いから、人を貸してくれるはずだ」 「ありがとうございます。お礼のしようもございません」  若侍が抱きしめると、月が雲で(かげ)り、姫の姿は(かすみ)となって消えてしまいました。床を見れば鈴虫が、壁の割れ板に向かって去って行きます。  若侍は頭から水を3回かぶり、身体をていねいに拭うと湯殿を出ました。夜が明けきる前に、使いの者を京へと送り出さねばなりません。
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