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穴
『もしもし、あ〜〜相原?俺だよ俺』
「……山岸……?何だよ…お前、こんな夜更けに」
夜中の2時を回ろうとしていた。
今日は短期アルバイトの仕事もようやく最終日を迎え、開放された軽い気持ちのまま今日こそは、最近はまっているオンラインゲームの攻略を進めようと菓子やジュースを買い込み、ゲーミングヘッドホンを付けて楽しんでいた。
今夜は口煩い母親も、反抗期の妹も家には居ないので、酒を飲んで就寝する父親を見計らって朝までゲーム三昧と言う訳だ。
ふと、目の端に点滅する光を感じて視線を外した瞬間に、敵の必殺技を受けて画面上の分身が地面にひれ伏していた。
軽く舌打ちすると、iPhoneの画面に映し出された名前に首を傾げて眉をひそめる。
【山岸健太】
ゲーミングヘッドホンを外して、iPhoneを右手に取ると表示された名前の主の心当たりを暫く思い出していたが、そう言えば中学3年の終わりに親の都合で転校していった同級生と同姓同名である事に気が付いた。
四年の月日が経ち、番号を登録しているものの交流も殆ど無かった相手からの夜中の電話には、奇妙な違和感を覚えた。
『いやー、悪ぃ。こんな夜中にさ。お前が俺の事覚えてくれてて助かったわ』
深夜の電話もまるで悪びれた様子もなく明るい調子で話し掛けてくる山岸に、内心苛立ったがゲームをやる以外には別段目的もなく、かといって睡魔も当分訪れそうにない。
そうなれば、純粋に気になるのがこの電話を掛けてきた動機だった。
「別に……暇だったからいいけど。なんかあったのか?」
受話口から、少し安堵したような吐息が聞こえて山岸が話し始めた。
『お前、2組の荒木覚えてるか?』
2組の荒木、と言えば何かと目立つ事が好きなヤツで不良とまでは行かないまでもギリギリのチキンレースで人を笑わせる、時には行き過ぎた事をやってのけて教師や親に叱られるタイプの男だった。
自分も初めは荒木を面白がっていたが、徐々に子供じみた遊びに次第に嫌気が差してきた。
ぼんやりとその風貌も思い出して、山岸に答えた。
「あぁ、荒木な…そう言えばあいつ、動画配信やってるって噂で聞いたけど?」
『そうなんだよ、ヒロキチャンネルって言うやつなんだけどな。見れる?』
起ち上げていたPCにチャンネル名を打ち込み検索する。
幾つか似たような動画チャンネルが出てくると確認するように再生ボタンを押した。
その中で見覚えのある顔のチャンネルをクリックすると、金髪の荒木が笑いながら暗闇を歩いている姿が写っている。
カメラマンらしき若い男と派手な印象の荒木が、廃墟を談笑しながら歩いている。
動画の題名を見ると【ヒロキが行ってみた!心霊スポット探索〜血塗られた廃墟】
というものだった。
元々こういったオカルト関係に特別興味のない相原は、へぇ、と生返事をすると動画を一時停止して目線を反らした。
それにしても荒木と山岸には殆ど接点なんて無かったように思えたのだが。
大人しかった山岸なら、荒木に小突かれていても可笑しくないだろう。
「あいつ、今はこんなんやってんだ。再生数もそこそこ稼げてるし向いてんじゃね」
『吃驚するよな〜…それでな、あいつから俺に電話が来たんだよ。
この前、○□トンネルって言う心霊スポットに凸したんだって。
黒髪の長い髪に白いワンピースの女がトンネルの入口で手招きしてるって言う噂があってな』
「良くありそうな噂だなぁ。」
黒髪に白いワンピース、ありきたりなテンプレ幽霊だ。
さほど興味がないとはいえ、ホラー映画を見れはだいたいこんな幽霊が出てくるお決まりのパターンのものが多い。
都市伝説じみた噂に苦笑しつつ、山岸の話に付き合ってやる事にした。
どうせ、怖い話にビビって誰かに話したくなったとかそんな所だろう。
『まぁ、荒木もそう思って行ったんだよ。
心霊トンネルなんて、もう幾つか行ってたしな。
今年の夏の心霊特集は廃墟回ってお決まりの心霊トンネルで締めたら良いでしょ、ってね。
夏の風物詩みたいなもので、この時期しかないから廃墟メインでトンネルはちょっと軽めので面白くやろうかなってな』
所謂夏の企画モノなのだろうか、とそんな事を思っていると、時折電話口の遠くから聞こえる蛇口から滴り落ちる水の音に気付いた。
雰囲気満点だな、と内心笑った。
『だから、荒木はあの心霊トンネルに行ったんだよ。
だけどここさ、そんなに有名でも無いみたいで先客はおろか後から来るやつも居なくて撮影にはもってこいだった。
もう使われていない旧トンネルで、勿論入り口に白いワンピースの女なんて居なかった。
だけどそれじゃつまらないからって、トンネルの奥まで行ったんだよな。
勿論、真っ暗だったよ。
ヒンヤリとして熱帯夜の夜には気持ちよかった位だ。
懐中電灯の明かりだけが頼りで、本当に出口があるのかって思う位に長くてさぁ…。
そしたら、少し遠くの方でサンダルが見えて心臓が飛び出しそうになったんだよ。
サンダルに白い靴下、柄のスカート、あと…昭和臭い…買い物カゴだっけ…あれを右手に持ってさて…おばさんの背中が見えたんだ。
もしかして、ここら辺の人なのかなと思って…挨拶しなきゃ俺たち完全に不審者だろ。
声をかけようと思ったんだ。
でも、もう夜中の2時だ…懐中電灯も持ってないのにどうして此処に居るんだろう。
それに、服も髪も泥がついてる。
爪なんて真っ黒で割れているしよ。
何よりあの人は歩いてるのにそこからずっと動かないんだよ。
ちょっと、やばい人なんじゃないかと思って俺たちは音を立てないように後退ったんだ。
そしてら、おばさん、こっちを向いたんだよ。
人が死んだらどうなると思う?
水分が抜けて、目玉が蒸発するんだ。
もう2つの空洞しか無かった。
口なんてもうトンネルの穴みたいだったよ。
気付いたらもう目の前に居たんだ。
声の限り叫んで転がるように逃げたけど、走っても走っても出口が見えないんだ。
そのうち、トンネルの両端に人が増えていくのに気付いたんだ。
全員項垂れて顔は見えないけど、生きてない事は分かった。
この穴から出たくて
荒木は慌てて俺に電話をかけたんだよな。
誰でもいい、
誰でもいいから【繋がり】たくて』
段々と山岸の声は低く、地を這うようなものになっていき肌寒い怖気を感じた。
こんな夜中に悪戯にしては冗談がきついぞと窘めようとしたその刹那、いつの間にか先程一時停止していた動画が再生されていた。
先程とは違う場所、地面に置かれたカメラ。
薄暗いトンネルの中央に、揺れる影が見えた。
地面に叩きつけられた懐中電灯の光が、僅かに揺れながら忍び寄る薄汚れた中年女性を映し出していた。
ぼんやりと天井を見上げて立っていた女は、ゆっくりと左右に体を揺らしながら画面に向かって歩いてくる。
体が固まったまま声も出ずに震えていた相原の後ろで生気のない山岸の声がした。
「誰でもいいから繋がりたいんだよ」
完
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