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「ごめんください…。」
古びた木のドアを開けると、とってつけた
ようなカウベルの音がころんころんと鳴る。
『はい、いらっしゃいませ。どのような最
期をお望みでしょうか?』
音に気づいたのか、奥から40代くらいの
男性が出てきた。不思議な雰囲気の人で、
優しそうなのにどこか怖くて、こちらを見て
いるのにどこか遠くを見ているようだった。
「あの、ここで会いたかった人に会えるっ
て聞いたんですが、本当ですか?」
『ええ、本当ですよ。しかし本物に会える
わけではありません。会えるのは、その方と
同じ姿形と記憶を持つ別人です。それでも
よろしいですか?』
別人…。それを聞いて僅かに落胆したが、
それでも顔をあげて男性に頷いてみせる。
「はい。ここに来たとき説明を受けました
から。偽物でも、彼に会わせてください。」
言い終わると、にっこり笑った男性の姿が
ぼんやりと滲み始めた。滲んだ色と輪郭が次
第にぐるぐると渦巻き、よく知るものへと変
化していく。
そしてその変化が終わったとき、そこには
愛しい愛しい彼がいた。
「勝吾!」
数ヶ月ぶりの再会に、声を震わせながら
彼に抱きつく。あぁ、彼の腕だ。
『涼子…!』
彼も私も涙を流しつつ、お互いの腕の中で
温もりを確かめあう。こうやって、抱きしめ
合いたかった。最期までこうしていたくて
仕方なかった!
「ごめんね勝吾、ごめんなさい!最期まで
迷惑かけてごめんなさい!見捨てないでいて
くれてありがとう、ずっとずっと大好きだっ
た!私、すっごく幸せだったよ…っ!」
『涼子、俺こそごめん!辛かったお前に、何
もできなかった。頑張って生きてくれてあり
がとう。いつか俺もそっちに行くから。』
「うん、うん。ゆっくり来てね。そっちで
精一杯幸せになって、もういいよって思えた
ら来てね。待ってるからね…。」
抱きしめていた腕が、抱きしめられていた
身体がキラキラと光を放って消えていく。
ああ、これでやっと私も向こうにいける。
偽物の彼でも、謝って、お礼が言えてよかっ
た。ぼんやりしていく感覚のなか、何かが
少しだけ盗られた気がした。
『逝ってらっしゃい、よい死後を。』
見たことのない不思議な動物に送られて、
私はどこかに消えていった。
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