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遺書
正直なんでこんなことになったのかわかりません。最初は嬉しかったはずなのです。何がというと「バケモノ」といわれることです。まあ、これを読んでいるあなたならわかるでしょうが。
物心ついてから多くのものに関心を持ちました。3歳の頃に文字が書け、世界の国旗を覚え、6歳の時に数学の2次方程式がわかりました。なぜこんなに早かったかというと、私の興味に気が付いた両親が色々教えてくれたからです。
初めにそういわれたのは、いつの頃だったかわかりません。でも、初めて2次方程式を自分で解いて母に見せた時。今までなら自分のことのように喜んでくれた母が、気味の悪いものを見るような目で一言。「バケモノ」といったことは覚えています。
その言葉の意味を当時の私は知っていましたが、良いことをしたはずなのになぜそういわれるのかわかりませんでした。父に聞くと、真っ青な顔をして部屋を出ていきました。扉の向こうから激しい怒声と物音が聞こえて静かになりました。その後、戻った父は私を抱きしめ言いました。心配しなくていい、と。私は悪いことをしていない。普通ならできないことをした、すごいことだから、母は思わず言ってしまったのだ、と。その日から母はいなくなりました。
それから私は父に育てられました。周りの子がうんうん唸りながらしている問題をさらりと解いて父に言うと、きまって太陽のような笑顔で「さすが僕のバケモノ」と私をほめました。私にとって至福の瞬間でした。父にそういってほしくて、私はさらに色んな分野に手を広げました。学校の先生方にも小学生には早いようなことでも面白がって教えてくれる人もいたので、私はさらに抜きんでてよくできる子供になっていました。まあ今も知っての通り子供で、その結果死を選ぶのかもしれませんが。
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