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若いカップル
「お帰りなさい。随分早かったですね。」
「待ってくれてありがとう。さて、また駅に戻ってもらえますか。」
「わかりました。」
タクシーは走り出した。
気になっていた忘れ物を手元に持ったヒロシは、気持ちが随分と落ち着いてきた。余裕が出て来たせいか、運転手としばしの世間話を始めることとなった。
「ふぅ〜、なんとか間に合いそうだ。」
「お仕事中ですか、これから戻るんですか?」
「仕事中ってわかっちゃうかな?」
「こういう仕事していればわかりますよ。お客さん、キチッとしたスーツ姿だし、こんな昼前に家に帰って戻るっくるということは、また、これから仕事だね。しかも大した距離じゃないのにタクシー乗るということは急いで仕事に戻らないというのが見え見えですよ。お疲れさん。」
「ははは、その通りなんだよ。なんとか昼飯の時間に気付かれずにオフィスに戻れそうだ。」
「お客さんみたないな会社勤めの人、良く乗ってもらうからね。直ぐわかる。」
「ははは、俺みたいな人、結構いるんだね。こういう時にタクシー乗るのね、急いでいるだけじゃないんだよ。」
「ははは、わかりますよ。知っている人に見られたくないんでしょう? 長くやっているとそういうお客さんの事情は良くわかりますよ。」
「おー、図星だよ。その通りなんだ。この時間にね、駅から歩いて家まで行くとね、地元の知り合いに会っちゃうかもしれないでしょ。平日の昼間にスーツ姿で家の近く歩いているところ見られると、あの人、仕事のはずなのなのにどうしたのかなぁ?、なんて勘繰られるのりがいやでね。だから誰にも見られないようにタクシーに乗るところもあるだよ。」
「なるほどね、たしかに旦那が仕事に行っているはずなのにウロウロしているところ見られたら恥ずかしいやな。」
「それにね、俺は月から金に働く普通のサラリーマンだけとね。この地元には家庭の主婦だけじゃなくて、医療関係、不動産、運送屋、夜の飲み屋の仕事とかね、平日も休日も関係ない知り合いが多くてね。平日の昼間でも今日は休みだとかで街をうろうろしている奴らが多いんだよ。」
暫しの運転手との会話をしていると、早、タクシーは商店街通りの入り口にきた。ヒロシはタクシーの窓越しに何気なく通りの左前方を見た。そこに、見たことのあるカップルが駅方向に歩いて行くのが見えた。ヒロシは思わず運転手に言った。
「あっ、まずい!」
運転手はヒロシの言葉に反応してブレーキを軽く踏んだ。タクシーが減速した。
「どうしたんだい、家にもう一度戻るのかい?」
「いや、違うんだ。ほら、あそこを歩くカップル、女の方は知り合いで・・。地元の飲み屋で良く合うんだ。ちょっとうるさい奴でね。」
すると、減速し始めたタクシーとカップルのが並びそうになった。二人の横を並走したら、何?とこちらを向かれて気が付かれてしまう。
「運転手さん、とにかくあの二人を追い越してくれ。」
運転手は、アクセルを少し強めに踏み、カップルを追い越した。女の方がスビートを変えるタクシーになんだ?と思ったのか、チラっとこちらをみたような気がしたが、直ぐに男との楽しそうな会話に戻ったのが見えた。どうやら気が付かれていないようだ。
カップルの女の方の名前はアキという。地元の行き付けの飲み屋に良く来る常連だ。20代と若いが遊び慣れていて飲み屋に来るヒロシを含めたおじさん連中をからかい相手に毎日飲み明かしている。よく言う”騒がしい女”である。アキに何か知れると、それは、この街の飲み屋の仲間全員に知れることになる。少々話が誇大になって・・。
運転手は、バックミラーを見ながら言った。
「仲良さそうなカップルだね。」
「女の方は知っているけどね。男の方は同棲相手だろう。2年前にこの街に越して来た時から一緒に住んでいるらしい。」
「二人とも学生かな。平日の昼間に二人して出掛けられるんなんていいね。」
「女は看護師と言ってた。大変な仕事らしいが休日も働く分、平日の休みもあるんだう。」
ヒロシはさらに続けた。
「男の方は、たしかアルバイトしながら役者を目指しているらしい。男は夜もアルバイトしているから、寂しいのか、女の方はここらへんであちこち飲みあるいている。結構、かわいい女なんだけどね。酔うと絡んできてややこしんだよ。こんなところで平日の昼に会ったら、仕事抜け出して浮気でもしてんのー、とあちこちで話のネタにされるだろうからね。それにね、こっちは仕事中なのに楽しそうにイチャイチャしているところに入り込みたくもない。」
「ははは、そりゃそうだね。」
ヒロシは思った。
『アキは器量が良くて実のところ俺も気になる良い女だが・・リョウと同棲しているから人の女だ。おれも妻帯者で何ができるわけでもない。そもそも年がかなり離れている。とは言っても男は年齢を重ねると常に20台後半から30台前半の女を気にするが・・。まぁ、とにかく平日の昼間に二人でいるところに会うのは、こっちが気恥ずかしい。』
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