雪音

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しんしんと雪が降る 積もった白は道なりにあとを残していて、木も何もかもを閉じ込めていた 雪を踏みしめる音が静かな世界に響く 奥から小さな少女が歩いてくるのが見えていた 薄桃の着物、草履も履かない裸の足で一歩二歩 背中には大きな籠を背負っていて、雪と、さかなの頭が見え隠れしていた 長い髪は結われているが…その色は周りに溶けそうなほどに白い 息を吐いても凍らないのは少女が人ではないことを表している 少女は名を、雪音と言った ある日のことです 村から抜け出してまた、凍らない川から魚を取って戻る道すがら いつもの道の外れになにか違和感を覚えました 籠を背負い直してそっと進むとかまくらのように丸い場所があって その中に…ぼさぼさとした黒髪の誰かが座っていました 「…誰?」 雪を踏みしめる足音と雪音の高い声にそれは顔を向ける 顔を覆うような髪の中から赤い目がじっと雪音を見つめています 「…お前こそ誰だ」 低い声 でも、敵意も感じなくて…雪音は知らず知らずのうちに口を開いていました 「私、雪音よ」 その日は何もすることなく雪音は逃げ帰りました 家で出迎えてくれたのは雪音と同じような白い髪をした雪音の両親 雪音の暮らす集落には白い髪をした薄着の人々が身を寄せあっていたのです 「雪音、おかえりなさい」 「かあ様、とお様、ただいま!これお魚よ」 「おかえり雪音。楽しかったかい?」 「うん!」 「もう。あれほど外は危険だと言ったのにこの子ったら…でもありがとう。後で村のみんなにもおすそ分けしましょうね」 雪音はかまくらにいた黒髪のことについては誰にも話しませんでした 話してしまえばもう会えなくなると 幼いながらに分かっていたのでした 雪音はすくすくと育ちました 同じ様に、魚を取りに行く日は必ず黒髪の元を尋ねることも、ひとつの楽しみとなっていました ある時、雪音は男に訪ねたことがありました 「あなたの名前は何?」と 黒髪はこう言いました 「バケモノだ」と 黒髪には名前がありませんでした 黒髪には親がいませんでした 黒髪はずっと一人ぼっちで歩き続けて、歩くこともできないほど疲れ切った時に見つけた雪穴の中 一晩、また一晩と夜を越して三日目 声をかけてきたのが雪音でした バケモノは人ではないようで 黒く波打つぼさぼさの髪の隙間から赤い…赤い角が二本 存在を示すように生えていたのでした
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