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「俺、岡部(おかべ)大地(だいち)。よろしく!」  小犬を抱きかかえた男子生徒――大地は、並んで歩く凪咲(なぎさ)に自己紹介した。  その名前を、優しそうな笑顔と共に記憶に刻み込んだ後、凪咲も名乗ろうとする。 「あ、私は……」 「名波(なは)さん……だよね?」  自分の苗字を言い当てられて、凪咲は言葉を詰まらせた。  名乗った覚えは無いのに、どうして……?  無言の凪咲の問い掛けに対する大地の答えは、とても単純なものだった。 「ははっ! 俺、名波さんのクラスメイトだからさ」 「えっ? あっ、ご、ごめんなさい……!」 「ははは、良いって! 転校してきたばっかだし、しょうがないよ」  縮こまる凪咲に対して、大地は気にしてないという風に笑ってみせる。  そうやって笑い話で済ませてもらえると、凪咲も救われる心地がした。  クラスメイトの名前も覚えていないのかと責めたり、からかったりすることのない大地。  彼の態度に、凪咲も心を許したことを示す笑みを浮かべた。  それから二人、互いをもっとよく知ろうと会話をしながら歩いていく。 「私が住んでた島は、海がとても青くてキレイで……特に空との境目が濃い青色で好きだったなぁ」 「いいなー。東京に住んでると、キレイな海も水平線も見る機会って無いからさ。空の色と混じり合う海の青さとか、見てみたいよなー」 「うん。私も、たくさんの人に沖縄のキレイな海を見て感動してもらいたいな」  大地の人柄の良さなのか、凪咲はすっかり打ち解けた様子で会話を楽しんでいた。  生まれ故郷の沖縄の海。凪咲にとって、思い出が詰まった大切な場所。  そこに大地が興味を持ってくれたことに、誇らしい気持ちが生まれていた。  それと同時に、また故郷を懐かしんでの胸の痛みを覚える。  沖縄に帰れば、こうして何でも話せる友達が他にもいるのにと。 「私……東京に来たばっかりで、まだ友達がいないから……今日、岡部君が声を掛けてくれて嬉しかった」  嬉しかった――そんな言葉とは裏腹に、凪咲の声は沈んで聞こえた。  大地が見つめる凪咲の横顔からも、どこか寂しげな雰囲気が伝わってくる。  凪咲が抱えている思いを感じ取ったのか、大地は空を見上げながら静かに口にする。 「本当はさ、クラスの皆……名波さんと話したい……仲良くなりたいんだよ。ただ、ちょっと気恥ずかしくって話し掛けられないだけなんだ」  思いがけない大地の言葉に、凪咲はハッとした様子で彼の方を向く。  大地は空を見上げたまま、横目で凪咲と目を合わせる。  その頬は、微かに紅くなって見えた。 「本当だよ。だって、俺もそうだったし。今日、この小犬をきっかけに勇気を出して声掛けたんだから」  意外だと凪咲は思った。  今日、初めて話した相手とはいえ、大地が明るく親しみやすい性格なのは凪咲も分かっていた。  その大地でさえ、新しくクラスの一員となった転校生には中々声を掛けられなかったという。  はにかんだような表情は、決して嘘をついてはいない。  大地以外のクラスメイトも、凪咲を避けている訳ではない。それを分かってほしいと訴え掛けていた。 「あ……ありがとう……」  何に対する感謝の言葉であろうか。  ただ、それ以外に言葉が思い浮かばず、凪咲はその一言を口にした。  大地と同じく紅く染まった頬を隠すように、少しうつむきながら。  二人とも何となく照れくさくなり、言葉数は少なくなった。  それでいて、気持ちの方はより通じ合うようになった気がしてきた。
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