絶世の美女はすこぶる危険な女

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絶世の美女はすこぶる危険な女

「あっ、あそこだ。」  山田に連れられてカーミラの歌を聞きに行った。  お客はカップルや残業帰りのサラリーマンやOLとか、チラホラといた。 「さあ、始まるぞ。急げ。」と山田はダッシュしたが、私は遠くから、ミランダ・カーミラの姿を見た瞬間、全身の細胞が戦闘態勢に入った。  全身、鳥肌が立った。  確かに、カーミラは絶世の美女である。  あの超有名なトップモデルのミランダ・カーを遥かに超えている。  山田でなくても、男なら誰でも夢中になるのがわかるが、それ以上に、すこぶる危険な女であることが本能でわかった。  彼女の歌が始まった。 「 アベマリア チャペルの二人は 白い光に囲まれ~」  カーミラの歌声はそれは美しく素晴らしいものであった。  しかし、それはすこぶる危険な歌声。  お客は全員、魂を抜かれたように聞き入っている。 「 おん ま から ぎゃば ぞろ しゅに しゃ ば ざら さとば じゃく うん  ばん こく 」  愛仙は、その場に結跏趺坐し、印を結び、守護神である愛染明王の真言を一心不乱に唱えた。  法力がある高僧が見れば、私の額の中央に輝く光を見たであろう。  カーミラの歌声がやっと、終わった。  お客は全員、地面に倒れていた。  私は全身から冷や汗が噴き出した。  一人意識がある愛仙の存在を認めたカーミラは颯爽と白鳥のように宙を飛んで、優雅に私の近くに舞い降りた。 「貴女は何者ですか。」  こんな時でも、女性に対してスマートな私である。 「それは、こちらの台詞ですわ。私の美貌に顔色一つ動かすことなく、ましてや私の歌声に平気だなんて、貴男は一体何者。」  カーミラは、妖しく微笑んだ。 「只のサラリーマンですよ。」 「ふ~ん、結構意地悪なんだ。じゃあ、体に聞いてみようっと。」  カーミラは戦闘態勢を取った。  今まで見たことのない構え。  クネクネと全身をくねらし、セクシーである。しいて言えば、インドのカラリッパヤットウに似ている。  しかし、繰り出す一撃はけた違いに破壊力があり、文字通り必殺であることは、言われなくてもわかる。  美しいバケモノ。  私は全身を脱力し、眼は半眼で構えた。  柳生新陰流の無形の構えに通じるものである。 ザン  カーミラが滑るように間合いを詰め、左拳のジャブのようなものから、 右の手刀でカマキリのように首を狙ってきた。  その速さ、残酷さ、人間業ではない。  私が、必死にかわすと、後ろの木が切られて倒れた。 ズシーン  想像以上に恐ろしいバケモノだな。 「ふふ~ん、これをかわすんだ。人間如きにかわされるなんて、初めての経験。ちょっと、ショック。」  随分、余裕で楽しんでいるが、私は必死であった。 ヒュ~ン  今度は地面に低く構えたカーミラが、地面をはうように襲ってきた。  サソリのように両手を巨大なハサミのように使い、両足のアキレス腱を破壊しに来た。  私は、両足を尻に着けるように跳んでかわし、直ぐに着地した。  人は鳥ではない。  高くジャンプすると、態勢を崩し、隙を作ってしまう。 がシッ  カーミラはシタタカであった。  今のは危なかった。  カーミラは本当にサソリのように前を向いたまま背中をそらし、右足のカカトを脳天に蹴りこんで来た。  何という柔軟性、その体型から想像できないほど重い蹴りであった。  並みの武人なら頭が首にめり込んでいたであろう。  私は両腕を十文字にして、かろうじて受けた。  やられっぱなしではシャクというより、かわし続けることは難しい。  身の危険を感じた私は攻撃に出る。  攻撃は、最大の防御なり。  直ぐに、カーミラの右足を両手でつかんだ私は、カーミラの体を鞭のように激しく振り回した。  地面に、木に、ベンチに、電灯の柱に叩きつけた。  神極龍拳 奥義 『 荒れ狂う龍の閃き 』 であった。 「何!」  命の危険を察した私は、カーミラの足首を自分から離した。  カーミラの白いワンピースがスルスルとほどけ、蜘蛛の白い糸の様に絡みついてきたのであった。  両手首が縛られて、ほどけない。  危なかった。  もう少し、遅ければ全身に巻き付き動きを封じられたであろう。  空中で、コウモリのように身を翻したカーミラは、スッと地面に立つ。  全然ダメージを負ってないが、ワンピースが少し短くなったので、白い美脚がマブシイ。 「 貴男って、酷いのね。でも、人間如きにこれほどに振り回されるとは、面白いわ。長生きはするものね。」  女性に年齢を聞くのは失礼なのはわかりきっているが、聞かずにおれなかった。 「 失礼を承知でお聞きします。貴女は一体おいくつですか。」 「いいわ、貴男に特別に教えてあげる。今年でちょうど1000歳よ。」  恥かしそうに答えるカーミラだった。 「もしかしたら、貴女は吸血鬼の一族ですか。」  私は、恐るおそる聞いてみた。 「聞いてばかりいないで、自分の事も話してよ。」  スネタ様な仕草も、また可愛い。 「愛仙と言います。武術馬鹿です。」 「愛仙君か。可愛い名前の割には、貴男、できるわね。私はね、吸血鬼なんかじゃないわ。いわば吸精鬼。人間の生命エネルギーを食料としているの。あんな薄汚い吸血鬼と一緒にしないでね。私はほんの少しだけ人間の生命エネルギーを、いただいているの。命まで奪わないし、吸われた人間も人間のままよ。三日も経てば元の元気を取り戻すから、可愛いもんでしょ。」  罪の意識も無くニッコリと微笑むカーミラに、私は思わず首を縦に振りそうになったのであった。
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