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女の声
話を元に戻そう。俺は朝か夜かわからないほど熱中して卵の殻の絵を描いていたのだが、急に倒れそうなほど空腹を感じ、買い物に行くため階段を駆け下りた。
どうやら夜中らしく、パチンコ屋も静まり返っていた。だが、そこからの記憶が曖昧で、気がついた時、俺は自分の部屋に戻っていた。
いつも聞いているルビャンツェフのピアノが流れていた。妙に喉が渇き、冷蔵庫に大量にストックしてある安い水をグラスに注ぎ、ぐびぐび飲んでいる時だった。
「マサトさん・・・」
女性の声が俺を呼ぶ。
「えっ?」
ギョッっとする。
「お願い。何とかして・・」
「えっ?誰?」
辺りを見渡すが部屋には誰もいない。
「ここよ。助けて・・・」
よく見ると、卵の殻を描きかけたキャンバスが倒れ、まだ何も描いてない300号のキャンバスの上に張り付くように重なっている。その隙間から女の声は聞こえる。
俺はそっと絵と絵を引き離した。描きかけの卵の殻の絵は、絵の具が擦れて相当なダメージを受けていた。
もう一方の何も描いていないはずの300号のキャンバスの中に、彼女はいた。卵の殻を描いていた淡いクリーム色とグレーと白の絵の具が擦れてズレてできた汚れが、偶然か奇跡か、女性の裸体を描き出していたのだ。
「よかった。見つけてくれて。」
と彼女は言った。
「えっ?君・・・絵の中の人?」
「わからない。苦しくて周りがよく見えないの。お願い。なんとかして。」
俺はオカルトや心霊現象を信じないタイプだ。何のイタズラだろうと耳を疑う。
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