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アンナ
「どうすればいいのかな?」
俺はうろたえて彼女に尋ねる。
「脚が一番つらい。脚を伸ばしたいの。」
よく見ると彼女の脚は膝のあたりまでしか形を成していなかった。俺はさっきまでの絵の具で適当に脚の続きを描いてみる。
「ああ、スッキリした。ありがとう、マサトさん。」
彼女はホッとしたように穏やかな声で、そう言った。
「君、誰?」
「アンナよ。」
「アンナ?どうして俺の名前知ってるの?」
「ずっと前からマサトさんといっしょにいたじゃない。」
「マジ?」
「そんなことより・・・苦しい。腕も伸ばしたいし、髪が顔にへばりついて邪魔だわ。早く何とかして。マサトさん。」
「ちょっと待って!」
俺は新しい絵の具をパレットに出し、とりあえず彼女の腕を伸ばすように描きたした。
「ああん、それじゃ肩が辛い。もう少しリラックスしたいわ。」
「ごめん。急いでたから・・・」
「急がなくていいから。ちょっとは考えてよ。女は男と違うのよ。骨格も筋肉も違うんだから、無理なポーズをさせないで。」
「わかった。」
俺は女性の裸体をネットで検索する。本棚にあるルノワールやボッティチェリの画集を広げる。
「こんな感じでどう?」
「ありがとう。ずっと楽になったわ。」
アンナの落ち着いた声を聞いてホッとした俺は、ルビャンツェフのピアノ曲が終わったのでモーツァルトの交響曲41番『ジュピター』をかけた。するとアンナは
「ああ・・・ピアノが聞きたい。私、交響曲よりピアノがいい。静かなピアノ曲を聞かせて。よく聞こえるように髪を整えてね。」
などと言う。
サティの『ジムノペディ』をかける。耳の画像を探し、桜色のふっくらとした耳たぶを持つ子どもの耳を見ながら描いてみた。
「ダメ。この耳じゃ感動できないわ。ピアニストかバイオリニストの耳がいいな。」
俺はネットでピアニストやバイオリニストの耳の画像を探しながら、自分は何をやっているのだろうと思う。
「マサトさん。わがまま言ってごめんなさい。でも、せっかくなら、いい音で聴きたいの。マサトさんがスピーカーの下にブロックを置いたり天井から反響板を吊り下げたりするのと同じ。私も音楽は好きなの。」
「わかった。アンナが気が済むまで、いい耳を探して描いてみるよ。」
俺は不思議なことに、アンナの要求には反発を感じなかった。わがままとは思わなかった。俺の描き方ひとつで彼女が心地よくなったり、苦しかったりするのだと思うと、少しでも彼女を喜ばせたいと素直に思ったのだ。
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