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油彩
アンナの目を描こうと思い参考になる絵や写真などを探した。ネットにも持っている画集の中にもピンとくる瞳が見つからない。
半開きの力の抜けた眼差し。俺は洗面台の鏡を覗いて見る。仰向いて疲れ切った自分の眼差しを見る。なかなかいいかもしれない。
もしかすると過去に俺に近寄ってきた女たちは、俺のこの眼差しに惹かれたのではないか、と思う。どことなくセクシーな光を宿している。同時に下からみた鼻の形が妙にエロティックであることにも気づく。自分で力の抜けた半開きの眼差しや鼻の形を下から見たことなど今まで一度もなかった。
俺はスマホで自分の眼差しや鼻を写す。ついでに半開きの唇の写真も、あらゆる角度から何枚も写す。
カドミウムグリーンディープでまつ毛を描いてみる。黒目部分はコバルトバイオレットデイープ。明るい部分はマリンバイオレットがいい。俺は基本、絵の具の持つ彩度を生かし、極力、混色は避ける。混色すると濁りが生じるだけじゃなく、色彩に宿る魂の霊力が失われてしまう気がする。
オイルは某ブランドの良質のポピーオイルに決めている。時として目的に合わせオイルも使い分けるが、基本的には時間をかけて成熟する絵の具の彩度の美しさを守りたい。人生でも絵でも、熟成された時の美しさを想定して今を形成すべきなのだ。
今だけの発色、流行りのデザインで満足できるならPCソフトでネット上にお絵描きする方が断然早くてきれいで金にもなる。
俺がイマドキ時代遅れな古典的油彩画にこだわるのは、仕上げる過程の愛、信念、葛藤のすべてが、完結した最終画面に具体的な痕跡として残される事を確信するためだ。自らの生き様を絵画に置き換える精神的な作業と緻密な技法を交錯させ、じわじわと筆跡を重ねながら人生を構築したいからだ。
例えばゴッホの作品が、どんなつまらない一枚でも価値があるのは、表面的な絵画としての価値ではなく、彼の愛と葛藤の証拠がそこに歴然と輝き続けているためだ。有名な画家の微小な作品に高額な値段がつくのは単に転売したら金になるためだけではないのだ。
「マサトさん、私、マサトさんが世界を見ている目でマサトさんを見るの?いいの?それがベストだと・・」
突然のアンナの言葉に、俺はたじろぐ。安易な考えで先を急ぐ必要はない。
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