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「ありがとう。おかげで時間に間に合った」
「いいえ。こちらこそ親切にして頂いて、面白い会話も聞けたし、楽しい時間をありがとうございました」
ぺこりと頭をさげる彼女の名は『明鈴』という。目が見えないのに『あかり』なんておかしいですよねと、タクシーの中で自虐的に笑った彼女を嗜めたのは、他でもない梨郷だった。今は自虐は流行らないんだと言う梨郷に、明鈴はその名の通りコロコロと鈴を転がしたように笑っていた。
「えっと、入口は……」
高梨が明鈴のために入場口を探す。会場周辺には若い女性を中心に大勢のファンがあふれている。梨郷は、自分たちが立っている場所から少し離れたところにいる、若い女性のグループが明鈴の白杖に注目しているのに気が付いた。
きっと悪気はない。だけど、明鈴が見えないのをいいことに、じっと注がれる視線や、ひそひそと小声で交わされる会話に、梨郷は堪らなくなってしまう。思わず高梨を目で追うが、高梨は入場口で受付スタッフとなにやら話しこんでいる。
「あ、明鈴ちゃん、ちょっと、待ってて。う、動いちゃダメだよ?」
そう明鈴に念を押し、梨郷はひそひそ話を続けているグループに、ゆっくりと近付いていった。
「あ、あのっ」
「……なんですか?」
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