肝心なことは伏せている、自分をよく見せたいがために

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 少年は目を覚ました、目が見えないゆえに自分が今何処にいるのかすら分からない。ただ、鼻腔の奥に入る匂いは自分の家のものでも村のものでもないために空腹で気を失っている間に何処かに連れて行かれたということしか分からなかった。ただ、肌寒いことと、水滴の落ちる音が反響することと、何やら油が燃える匂いがすることから「洞窟」の中にいることだけは確信こそ無いが理解(わか)るのであった。 少年はむくりと上半身のみを起こした。 「おや、目を覚ましたのかい?」 先程の女と同じ声が聞こえてきた。彼女はトレイを少年の膝の上に乗せた。 「アンタ、お腹減って倒れたんだよ。食べな」 少年は自分の膝の上に置かれたトレイに手を伸ばした。木皿の上に乗せられたほんのりと温かいパンのぬくもりを感じ、それをがっしりと手に握った。ゆっくりと口の中に頬張りにかかる。 「どうだい? 熱くないかい? あんたが火傷しないように少し時間を置いたからね」 「はい、美味しいです」 「パンだけじゃ口が乾くだろう。飲み物を飲ませてあげるよ、黄金の山羊の乳だから美味しいよ」 女は黄金の山羊の乳を入れた木皿を少年の口に運ぶ。少年はそのままぐいーっと一気に飲み干したのだった。 「こんなに美味しいものを食べさせてくれてありがとうございます」 「気にすることはないよ」 「ありがとうございます…… お礼をしたいのですが、ぼくは目が見えない体たらくの身、何もしてあげることが出来ません」 「そんなこと、しなくていいんだよ」 「あの…… お名前を聞いてもいいですか? ぼくのことは少年とか坊主とか適当に呼んでくれればいいです」 「あたしは…… メデューサ」 少年は冷え切った手で心臓を掴まれたように気持ちに襲われた。両親が石にされた日にあったペルセウスと言う男が言っていたバケモノの名前と同じだったからである。そして、少年は全てを察した。目の前にいるメデューサが両親を石にしたのだと。 「も、もしかしてぼくが石にならないから怒って食べようとしてるの?」 少年は自分が太らされて食べられるのではないかと言う恐怖に襲われた。逃げようにも目が見えぬ身ではどうしようもない。餓死で死ぬのがバケモノに食べられて死ぬのに変わっただけだと諦めの境地に達し、俯いた。 「そんなことはしないよ。あんたが元気になったら人里に出てってもらうつもりだよ」 目の前にいるのは親の仇、しかし、目が見えない自分には刃を握ることは叶わない。少年は一瞬で仇討ちを諦めた。それにしても、その仇がどうしてぼくに親切にしてくれるのだろうかと、少年は首を傾げた。
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