肝心なことは伏せている、自分をよく見せたいがために

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 そして、少年が洞窟を出る日がやってきた。メデューサは自分の体の胸元に軽い傷を付け、その傷に青銅の指先をなぞり血を付着させた。青銅の指先からぽたりぽたりと血が垂れて落ちる。 「目をお開け。目に何か入ったらすぐに目を閉じるんだよ」 少年は双眸をゆっくりと開いた。目を開いても相変わらずの暗闇、少年にとっては見慣れた風景である。メデューサはその碧眼の瞳にぽたりと一滴青銅の指先から垂れる血を落とした。それを両目分。 「まだ?」 「もう少しお待ち」 メデューサは涙を浮かべながら少年の両肩を掴み、くるりと回した。その一瞬でメデューサの血は少年の眼球内に浸透し、生まれながらの目の病を完全に完治させた。 「目をお開け。決して振り向いてはならないよ、そして、人里に出るまで前だけを向いて歩くんだ」 少年の目は光を得た。西の端の地と言う何もない荒涼とした風景だったが、少年は初めてみる風景に感動し、涙を流した。少し上を向けば荒涼とした大地とは違い白雲を飾りつけた蒼穹が無限に広がる。初めての「見る」と言う行為に少年は嬉しくなるのであった。 「ありがとう! メデューサ!」 少年は思わずに振り向き、メデューサの胸に抱きついた。メデューサは心底焦る。このまま顔を見られてしまえば少年を石にしてしまう。彼女は少年を振りほどこうとするがきつく抱きしめられているせいで離れない。 「おやめ!」 少年は胸から顔を上げてメデューサの顔を見てしまった。ああ、また罪のない者を…… と、メデューサがうらぶれた瞬間、違和感に気がつく。なんと、少年が石になっていないのだ。 「これがメデューサの顔だったんだね! ずっと見たかったんだ! ぼくにずっと親切にしてくれた優しい人の顔を!」 メデューサの顔は怖いと思うからこそ、見た者を石化させる呪いが生まれる。しかし、視覚における恐怖を知らないものが見ればどうなるだろうか。例えどんなに怖い顔であろうと、怖い顔がどのようなものかを知らなければ「怖い」と思うことはないのだから、少年が石になることはない。 「アンタの親を石にしたバケモノの顔だよ…… 怖くないのかい?」 「怖くないよ。ほら、ぼく石にならないよ! 人を石にするのは良くないけど、悪いのはこうなるように仕組んだ女神様だよ! これ以上人を石にしないためにそっと静かな場所で暮らそ? ぼくも一緒にいてあげるから!」 少年はこれまでの介護生活からメデューサに対して恋に似た感情を覚えていた。優しくしてくれたことは両親を奪った「償い」だと分かっていても、優しいメデューサを好きになっていたのである。
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