肝心なことは伏せている、自分をよく見せたいがために

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肝心なことは伏せている、自分をよく見せたいがために

 生まれてこの方、目の見えない少年がいた。少年は母の腹より出てからの十年、暗闇しか見たことがない。両親こそ優しく育ててくれているものの、周りの目は冷たかった。 「こんな目の見えない体たらく、さっさと山に置いていきな」と、両親に心無い言葉を投げかけられた回数は数え切れない。これを言う者に限って少年に相対する時には親切な言葉を投げかける「目が見えなくても頑張るのよ」「たくましく生きるのよ」この言葉に少年を憂う気持ちはなく、ただただ哀れんで言っているだけだと言うことも少年は分かっていた。  ある日の朝、少年は目を覚ました。すると、これまでの朝とは違う違和感を覚えた。朝ともなれば畑仕事や狩りのために山に向かう男たちの足音や雑談、川に洗濯に向かう村女の喧騒が聞こえて来るはずなのに全く聞こえてこない。それどころか朝を知らせる鶏の鶏鳴や、雀の囀る声すら聞こえてこないのだ。まるで、世界から音が消え去ってしまったようである。少年はついに耳まで聞こえなくなったかと思いながら口を開いた。 「あ あー」 良かった、耳は聞こえる。少年は枕元に置かれていた杖を頼りに廊下を歩き、両親がいるはずの居間に辿り着いたのだが音も声もしない。朝であれば、母は釜戸の前で何かしらの料理を作っているはずである、だが、その音が何もしない、釜戸の薪が燃える音すらしない。テーブルの上からするはずの料理の匂いすらしない、温かいパンの香りがしない。テーブルの椅子に座っているはずの父の整髪料(髪油)の香りもしない。 「あれ? 誰もいないのかな?」 少年は杖を頼りに居間の中を歩き回る。すると、杖の先端が何かにぶつかった、テーブルや水屋の木製の何かにぶつかったような感覚ではない、路上にある石にぶつかったのと同じ感覚である。何で家の中に石が置かれているのだろうか。少年は首を傾げながら更に前に進んだ。 どん 少年は何か硬いものにぶつかり、転んでしまった。杖を落とし尻もちをつくと同時に家のドアが開く音がする。ドアの開く音を聞いて少年はその方向に思わず振り向く。 「ここも駄目か! 皆、石にされてしまっている!」 男の声が聞こえてきた。それから金属と金属の擦れる音が聞こえてくる、金属音は少年の背の高さと同じぐらいのところから聞こえてきた。少年はどこかの国の兵隊が家に入ってきたのだと思った。そして、少年はその兵隊が「略奪(徴収)」に来たのだとも思った。 「兵隊さん…… こんな西の果ての村なんかに何か用ですか? 僕、目が見えないのでわからないんですけど、この村、田舎なのでなぁんにもないですよ」
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