舞い降りた鶴

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 冗談じゃない。せっかく僕はあの日々から解放されたのに。  じたばたと、汚い床の上で必死の抵抗をしてみた。まだ袖を通して五日目の真新しい学ランが汚れていく。  でも、目の前にいるのは僕より体格のいい男子二人。手を一人に、脚をもう一人に掴まれてしまったら、抵抗もできなくなった。 「嫌だ! っ、やだ! や、っ……」  口まで、掌で塞がれる。 「うるせえんだよクソが」 「二度と逆らえねえようにしてやる。覚悟しろ、一生下僕だからな」  脚を押さえている奴の手が、僕の制服のベルトに伸びる。もう駄目だ。終わった。  そう、目を閉じたときだった。  カシャリと、カメラのシャッター音がする。  え、撮るには早いんじゃ、と他人事のように目を開けるが、音のしたほうは目の前の二人ではなく、入口だ。目を向けると、先程まで誰もいなかったトイレの入口に、まばゆいばかりの男の子が二人いた。 「あは、未だにいるんだ。こんな馬鹿ないじめやってる子」  スマホを持った明るい茶髪の男子がおかしそうに笑う。カメラの音は彼だろう。 「まったくだ。嫌な時世だねえ」  もう一人の、白い髪の男子が笑う。でも、二人の琥珀色の瞳は、まったく笑っていなかった。 「俺らの友達に、なにをしてくれてんの?」  白い髪の彼がいった言葉。友達という響きが、こんなときなのに懐かしくて、嬉しくて、じわりと視界が滲んでしまった。
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