貴方へのランチボックス

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お弁当が完成して、朝食に飲むコーヒーのお湯が沸いた頃、スーツに着替えた卓也がのんびりと現れた。 「おはよう」 「換気扇」 しまった。 急いでいたせいで換気扇を回さずに調理をしていた。 「あ、ごめん」 卓也はジャケットを椅子の背もたれにかけるとキッチンに立ってコーヒーの用意を始めた。 私は急いで換気扇のスイッチをオンにする。 卓也がコーヒーをペアのコーヒーカップに注いで、私がワンプレートにのった朝食を机に並べた。 「いただきます」 「いただきま…」 食べようとした瞬間、にゃあにゃあとチロが餌箱の前で鳴き始めた。 「あ、餌入れてなかった」 卓也はコーヒーを飲みながらぼんやりと言った。 「もうすっかりうちの猫だよなあ」 「なついてくれて良かった。 はい、お待たせ」 「猫の餌より先に自分が食べればいいのに」 私は何も言わず、チロの食べっぷりをじっと眺めた。 チロは餌箱に顔を突っ込んで夢中で貪っている。 「明日はチロのベッドを探しに行くんだったよね? 午前中にパッと行っちゃう?」 卓也は、面倒そうな顔をしていた。 「明日は、家で寝とこうかな」 「でも、飼い始めてもう一ヶ月近いし、いい加減用意してあげないと」 「最近朝起きれなくてさ。 チロも毛布で一ヶ月暮らせてるし、もうベッドはなくてもいいんじゃないかな」 「…結構床冷たいよ? 親元だったらくっついて寝たりとかするだろうし」 「前の家ではどうか知らないけど、うちに来たらうちの環境に慣れてもらわないと」 胸がひんやりと冷えていくような感じがした。 冷たい何かに触れているような。 チロもいつもこんなに寒い思いをしているんだろうか。 「そういえば、玄関に宅配スーパーのチラシ置いてあったね」 「…ああ、お米買って帰ってるところにちょうど配達員の人がいてね。 ここのアパートで利用している人多いから集団で申し込むと配達料が安くなりますよって誘われたの。 重いものも運んでもらえるみたい」 「それって、向こうが得するだけだよ。 今まで運んでた場所で売上が増えるんだから。 配達料もしっかりとるんだし。 自分達で運べば必要ないんだから」 「もちろん、頼むつもりはなかったけど…」 卓也は自分が使っていた朝食のお皿をシンクに置くと私にチラシを渡した。 「今日ごみの日でしょ? 捨てておいてね。 いらない物はすぐに処分しないと家が落ち着かないから」 卓也はジャケットを羽織って、足早に家を出ていった。 机の上には、私の食べかけの朝食と、卓也の使ったコーヒーカップが残っていた。 私は床でチロが寝ていてぐしゃぐしゃになっているブランケットを綺麗にたたみ、食べ終えて顔を毛繕いをしているチロを抱き上げた。 卓也と一緒にいると時間を食われて、話すと元気を奪われているような気持ちになる。 結婚する前は違った。 少しずつ、何かが変わっていった。 そうだ。 今の卓也はモンスターだ。 実は、卓也は元々人間の皮を被ったモンスターだったんだろうか。 それとも私が何かしたんだろうか。 私が卓也をモンスターに変えてしまったんだろうか。 けど、何が悪かったのか分からない。 結婚というものが、こんなに人を恐ろしい生き物に変えてしまうんだろうか。 携帯のアラームが鳴った。 パートに出掛ける時間だ。 今日もパートの帰りに買い物にいかなきゃ。 何軒もスーパーをハシゴして直接食材を選んで調達する。 配達は使えない。 どれだけ重くても。 二人と一匹の食べ物を私は一人で買いに行かなければならない。 だって、配達だと全て良いものが揃ってしまうから。 無農薬。 バイヤーが厳選した野菜。 私が欲しいものはそんなものじゃない。 一人分だけは違うものを。 じわり、じわりと体を蝕むものを。 今日も探しに行かなきゃ。 あの人を一日でも早く静かにさせられるものを見つけに。 ああ、どうしてモンスターなんかになってしまったんだろう。
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