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「あの、どうして……」泣き腫らした目で、ハンドルを握る彼の横顔を眺めた。
「駅に車を停めるつもりで回したら、おまえがまた泣いてたからだろう。あんな場所で……」
フロントガラスを見据えたままで話す彼に、
「でも……私とあなたとは、なんの関係もないのに……」
涙を手の甲で拭って言うと、
「関係…ないと、思うのかよ?」
と、不意に彼が顔をこちらに向けた。
「だって……関係なんて、もう……」
信号で止まった車内で、顔から目を背けて言う私に、
「……キス、しただろ」
彼が低く声を落として呟いた。
「……酔っ払って、キスしただけじゃないですか……」
私たちの関係なんてそれだけで、それ以上な訳もないのにと感じる。
「キスしただけで、おまえを気にしたらいけないのかよ」
「だけど……」
彼の言葉一つに気持ちが鷲掴まれ持って行かれそうになるのと同時に、胸が詰まりそうなくらいに息苦しい切なさが喉元を込み上げる。
両手でスカートの裾をぎゅっと握り締めて、
「……あなたには、彼女がいるのに……」
口にすると、こないだバーで飲んで話した麗華さんの顔が思い浮かんだ。
「……麗華のことか?」
訊かれて、「はい…」と、頷く。
「…………あいつとは、ビジネス以上の関係にはなれない……」
「え…それって、どういう意味なんですか……」
彼女の物憂げな表情が頭をよぎる。
「……あいつは、俺にとってはいいパートナーだが、それはただ仕事の延長線上にあるだけで、プライベートで優先してやることがどうしてもできない……」
ひと息をついて、鷹騰社長がそう苦言を吐き出した──。
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