第1章「始まりは、エレベーターの中で」

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「ありがとう」と言おうとして、その上から目線な言い方に、 (なんなの、この人…)という思いがにわかに湧き上がり、つい言葉に詰まる。 「なんだよ、ありがとうくらい言えないのかよ?」 その男が言って、口の片端を吊り上げて軽い笑いを浮かべた。 「あ…ごめんなさい。ありがとうございます…」 傘に入れてくれたのはありがたいけれど、でもちょっと嫌な感じのする人かもと思いながら、一応のお礼を伝える。 「家どこ? 俺の家に近いなら、そこまで送っていくけど」 横に並んで歩き出しながら言うその男に、 「……あのマンションです」 と、歩道の先に見える彼の住む高層マンションを指差した。 「あそこか? だったら、俺と同じだ。じゃあ、そこまでいっしょに行ってやるよ」 片手で傘を持ち、もう一方の手を当たり前のように私の肩にまわしてくるのに、 「あの、ちょっと…」 と、肩の手から逃れようとすると、 「こうしてないと、濡れるだろうが。変な気なんてないから、おとなしくしてろよ」 さも不機嫌そうに口にして、 「肩を抱くぐらいで、下心があると思うとか、あんたも大概自意識過剰なんじゃないのか?」 と、皮肉混じりに付け足した。
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