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壱
枯尾花舞子は人間ではない。
霊長類ヒト科ではあるのだが、他とは少しだけ、いや、だいぶ違っていた。
どう違うか。と問われると返答に困るが、とにかく僕がこれまで過ごしていた世界には存在しない。存在したことがない霊長類ヒト科なのだ。
枯尾花舞子は、影が薄い。
というか、影がない。
それに気づいているのは僕だけだ。
影がないのだから、誰かしらが気付きそうなものだが、誰も気づかない。
人はそれほど他人に興味はない。
誰かに干渉したとして、本当の意味で関心があるわけじゃない。
興味があるように見せているだけだ。主観的に。押しつけ的に。
だから、枯尾花が人間でないことに周囲の人間は気付いていない。
ならばなぜ、きっと他の人間以上に枯尾花に興味がないはずの。なかったはずの僕が。僕だけが、それに気付いたのか。
実のところ、僕自身も理由はわからない。
強いて言うなら。無理にでも。こじつけでも。理由を上げるなら。
僕が枯尾花にぶつかった。というのが理由になるだろう。
枯尾花舞子は際立て美人というわけではない。
かといって、目を背けるような醜女でもない。普通だ。
背も高くないし、飛び抜けてスタイルがいいわけでもない。普通だ。
学力はそれりにあるらしいが、詳しいことは知らない。たぶん普通だ。
運動をしているところを見たことはないが、陸上部に所属しているらしいので、全く運動しない人間よりは、運動神経はいいだろう。普通に。
友達は少ないようだ。もしかしたら、友達と呼べるような間柄の人間は居ないのかもしれない。
僕は教室で枯尾花が誰かと談笑しているのを見たことがない。
もしかしたら、しているのかもしれないが、僕には興味がない。
人は自分が関心が無いことは、視覚に入っていても見えないし、聴覚が捉えていても聞こえないという便利な機能を持っている。
僕の視覚や聴覚が、枯尾花や他の女生徒に対してその機能が発動していなかったとは考えにくい。
枯尾花には友達がいる。たぶん。普通に。知らんけど。
平均的にして普通の女子高生である枯尾花舞子だが。
僕は彼女に対して他の女生徒と同じように苦手意識を持って接していた。というか、接することがないようにしていた。
女性は苦手だ。
なぜ僕が女性が苦手なのかは、僕の名誉のために伏せておく。
とにかく、僕は女性が苦手であり、必要最低限の関わりでさえ持ちたくないと考えるような男だった。
そんな僕が、スカートを履いている学生とは極力接触を持たないようにしていた僕が、枯尾花という女生徒に、どういう状況にせよ関わってしまったのだ。
たまたま。偶然。突飛な出来事で。彼女にぶつかってしまった。
「ごめん」と謝り、「大丈夫」と応じられる。
たったそれだけの会話。
たったそれだけの関係。
それだけで、たったそれだけのことで、僕は気付いた。
枯尾花というどこにでもいる普通の女子高生の、普通じゃないところに気付いてしまった。
・・・影が無い。
枯尾花には影がない。という事実を僕が知っているということを枯尾花はまだ気付いていない。
僕は、影がない存在というのはひとつしか知らない。僕の薄い知識の中ではひとつしか思いつかない。
西洋でヴァンパイアと呼ばれるモンスター。血を吸う鬼。吸血鬼。
枯尾花は僕が考えているようなそれなのだろうか。
枯尾花の正体を確かめようなんて思わない。確かめたくもない。
でも仮に、万が一。例えば偶然にも。突飛な出来事で。
枯尾花が、僕が枯尾花の秘密を知ってしまったことに気付いたら、枯尾花は、枯尾花舞子は僕をどうするだろう。
人間ではない枯尾花舞子は、僕を・・・どうするのだろう。
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