本編

1/8

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

本編

「かの聖杯戦において、古の錬金術師様と古の魔導師様が、その類稀な紐帯を行使し、我が国に暗雲を放った暗黒龍を鎮めた。と言う記載が我が王子の手により発見されまして、つきましては、錬金術の権威であるウォルター様に、是非とも魔法学校での講演を……」  と、長々と語った彼だが、途中で自分の言ってることの愚かしさに気がついてしまったのだろう、語気はみるみる間に失速して行った。  まぁ、此処まで言った彼の勇気に惜しみない称賛を与えるべきで、俺が王国の将軍であったら、彼には栄誉の叙勲をしていたはずだ。  しかし、俺は一介の民間人に過ぎず、彼は誉れではなく、手厚い譴責が与えられるだろう。 「何を馬鹿なことを言っているんだ、現在の情勢を知らずにモノを言っているのか?」  案の定だ。俺の隣に太々しく座るウォルターは、木で鼻をくくるように言った。 「重々承知しております。ですので、今回の講演開催により、魔法と錬金術の仲の復興を我が王子は望まれておりまして」  彼は手慣れたようにゴマスリのポーズをするが、ウォルターは世辞を無下にする天才だ。 「たかだか第三王子の戯論に付き合っている暇はないのだ。それでなくとも、今は一刻も一秒も惜しい時期なのだぞ、私は忙しい」  第三王子の使者とは言え、王国の王子に向かいなんと、とりすました口調、世が世なら極刑もあり得るだろう。  平常運転のウォルターは早くこの虫を追い出せと言わんばかりに合図する。いやしかし、俺は善良なる一王国民、この場に流れる邪険な雰囲気を払拭しようと、へつらう。 「いやー、第三王子様からの直々のお願い、大変喜ばしい限りです。有り体に言えばウォルターも歓喜しておりました」  など言うと、隣からロングソードばりの紫電が飛んでくるが、俺は笑いながら、 「いえー、しかし、今日日、魔法と錬金術は国王陛下の譲渡する開発資金をめぐり、苛烈な技術革新を発起しております。そう易々と、敵城に乗り込むのは、誇張して言えば憚れます」 「レザール。いつも言っているだろう、周りくどい言い方は止めろと。ハッキリと迷惑だ。帰れ、と言えばいいのだ」  俺の努力を無下にする気か、それが言えれば苦労はしない。因みにレザールは俺の名前だ。 「やはり、そうでございますよね……」  第三王子の使者も、無理を承知でここに来たらしい、それもそうだ。魔法を目の敵する男に、魔法を好きになってくれと申しに来ているようなもん、容易に人が変われるのなら、世に争いは蔓延らない。 「しかし、第三王子の命で御座います。一ヶ月の猶予を与えますので、お心変わりがあれば、是非ご一報を。その際は滞りなく講演は開催されますので」  事務的な文言を言い残した使者は、沈鬱げな足取りで俺たちの住む研究所を後にした。扉が閉まる音を聞いたウォルターは深い溜息を放つ。 「私に魔法学校に行けとは、とんだ不届き者だ。身の程を弁えてモノを申せ!」  と、ご立腹にそう言ったが、その意見はどちらかと言えば、あちらの言い分だろう。  しかし、子供の頃からウォルターはそう言う奴だった。錬金術の研究にしか興味のない変人、俺はそのウォルターが粗相をしでかさぬよう見張る、お目付役だ。  俺はいつもの呆れた口調で言う。 「ま、お前がそう怒るのも、理解はできるが、彼は王族の使者だ。それに、子供がピーマンを嫌うよう、いつまでも魔法を倦厭するのはどうかと思うぜ?」 「分かっとらんな、君は錬金術の素晴らしさを。そして、魔法の愚劣さを。魔法は何を重んじる、そうだ実力だ。あれほど物差しの曖昧なものは無い。所詮は劣等種の寄せ集まりに過ぎず、我らエリート主義の錬金術には敵うまい」  と、鼻高々と言い、更にウォルターは文句を続ける。 「魔法は未だ発現のルーツが不明では無いか、そして、魔法は莫大な力を我らにもたらす、私は保守派では無いが、アレは危険だ。即撤廃すべきである、それに変わり錬金術は……」 「素晴らしい技術、だろ?」 「ああ、そうだ。もっと資金があれば更に発展は見込まれる」  ウォルターが魔法を酷く忌々しがるのは、俺にもある程度は理解の範疇だ。  魔法と錬金術は王の天秤の上で激しい鍔迫り合いを行なっている、王は躍進する二つの技術の片方に加担するつもりだ。  だから、二つの技術、どちらが優れているかを王に見せつけなくてはならず。王に認められた技術は莫大な研究資金を得られる。  そう言う争いが魔法界隈と錬金術界隈の間で火花を散らしているんだ。  現在は、魔力適性のある者しか扱えない魔法と、汎用性の高い錬金術とで、天秤は後者に傾いていた。  しかし、決着はついたわけではない。錬金術の研究に心血を注ぐウォルターは一秒たりとも時間を無駄にはしたく無く、魔法を敵視するのは道理だろう。  しかし、ウォルターには少々行き過ぎな部分も多分にある、お目付役として俺はこう言った。 「ウォルター、少しは大人になれ」  と、俺の慣例を、適当に背中で甘受して、ウォルターは自分の部屋へといそいそと向かっていた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加