本編

4/8

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 それから俺たちは毎日、噴水のある公園に出続けた。彼女と俺たちとの今にも切れちまいそうな赤い糸は、彼女と出会ったあの場所のみ。  手がかりはそれだけだった。故にこの非効率極まりない作戦を強行しているところである。  ここんところの王都は寒冷期のようで、凍てつくような寒さを耐え忍び、俺たちは少女を待った。  周りから送られる好奇の目を払い除け、童女に後ろ指刺される屈辱を乗り切り、血眼で少女を探すウォルターを危険人物と見做し話しかけてきた王国警備団に事情を説明したりと、それは、まぁー、茨の道だった。  そんな苦労が連日続いた七日目、今日も今日とて、俺たちは定位置のベンチで少女の出現を待ちわびていた。  すると、十六時半ごろ。あの雑貨屋の前を歩く一人の少女が目に入った。一瞬、自分の目を疑い、擦る。いや、彼女はあの時の少女だ!  自然と口角が上がり、別の方を探していたウォルターにそのことを伝える。 「おい、ウォルター! あれを見ろ」  ウォルターは虚な目をそちらに向け、絶句。暫くは少女の動向を探っていた、少女は雑貨屋の隣の古書店のドアを開く。  俺はウォルターと算段を再確認する。算段とはあの少女をおとす為の作戦だ。 「ウォルター、よく聞け、まずは自然を装い彼女に接触。そのあと、世間話を幾らかして、そのままの流れで食事に誘うんだ。分かったな」  ウォルターは素直にコクリと頷く、こんなにも融通の効く彼は初めて見るが、そんな呑気なことを言ってる暇はない。  俺はウォルターの背中をドンと押し、古書店へと向かわせた。ウォルターは勇足で店へと入る。  ある程度距離が有ったので、何を話しているのか聞こえないが、俺は読唇術の使い手だ。故に古書店のショーウィンドウ越しにウォルターのぎこちない言葉がありありと分かった。 「や、やぁ」  ウォルターが少女に挨拶をする、少女は暫く、考えるような顔をした後、思い出したらしく。 「この前、ここらへんでぶつかってしまった方ですね、あの節はどうもすみませんでした」 「いや、良いんだ。私……僕も? あっ、俺も、こー、そう、ぼんやりしてたんだ。だから、えっとだな、そのー、私……俺も悪い」  緊張のあまり、辿々しく喋り。無駄に格好つけようとしたのか、一人称が定まらない。何やってんだ、ウォルター。綿密なリハーサルをしただろうが。 「えっとだな、君は……何をやっているんだ?」 「錬金術の古書を見にきまして」 「それなら、わ……俺に任せてくれ、こう見えてもだな、俺は錬金術師なんだ」  良い流れだ。  ウォルターが錬金術師だと言うことを聞いて、少女は明るい笑顔を見せた、可愛い。 「錬金術師さんなんですね。どの本がオススメか是非教えてください」  その後、ウォルターと少女は暫し本を物色。良い本が見つかったらしく、ウォルターは高い位置にある本を、持ち前の長身を活かし、手に取り、少女に渡した。 「ありがとうございます」 「なんの、礼には及ばない。当たり前のことをしたまでだ」 「ところで、あなたはここに何のようで来たのですか?」 「い、い、い、いやー、あの、その、えっと、だな」  少女のウィークポイントを突くような発言に、ウォルターはテンパる。いや、これはチャンスだ。ここで彼女を食事に誘うのだ  ウォルターは空咳を一つ、皮切りに話す。 「実は、俺はだな。君と食事がしたいんだ! 是非、俺と一緒にディナーを食べてくれ」  いきなりの嘆願に時間が止まったかに思われた。自然な流れとはいずこへ、ウォルターは本心を激白したまでである。  そんなことを突如として伝えられた少女は、すごい驚き顔だ。 「よ、喜んで!」  少女はトチ狂ったのか、はたまた、酔狂人なのかウォルターの不格好な願い出を快諾した。  後から聞いた話なのだが、少女はそう言った誘いは、一度もされたことなく、それを理由に承諾したらしい。  あんなにも可憐な少女であるが、あまりにも可憐すぎる為、一般的な男は怖気ついたのだろう、と俺は推察する。  場所は変わり、王都の二流レストラン。何故二流かと言うと、少女をいきなり一流高級料亭にでも連れて行けば驚かせてしまうかもしれないからだ。別に、お金が無かったとか、そう言うのでは一切ない、断じてない。  レストラン内は、王都の栄華を表すような盛況ぶりだった。俺はウォルター達が座った席が見える角の席に座り、新聞紙を広げる。  木製の丸テーブルが不規則に並び、天板の上には肉焼きやパン、野菜スープなどの匂いが、蝋燭の橙色をした光に包み込まれ、居心地がいい。  どうやら、少女は錬金術に興味があるようで、ウォルターの変人じみた錬金術ウンチクに頷き、傾聴している。  一部抜粋。 「これは、私が最近発表した論文でな、何の変哲もないダマスカス鋼をビブラニウムに変化させる際、生まれる副産物は王水だが、それの使用用途は分かるか?」 「分かりません」 「王水はガラスを洗浄する際に多用する、それ以外にも金属の王である金をも溶かすことが出来るのだ」  ウォルターの錬金術談話は懸河の弁のようで、いつしか、一人称は私に戻っていた。  少女は一方的にウォルターの専門的な学識を聞くだけでなく、しっかりと理解し、吸収したらしく、食事の後に出された紅茶を啜りながら、俺には全く理解できない錬金法の質問を何度も行っていた。  紅茶を飲み終わった二人は、会計に向かった。 「私も半分出しましょうか?」  少女の問いに、 「いや、私が食事に誘ったんだ。ここは私が払ってしかるべきである」 「そうですか……」 「もし、私だけが支払いをするのが嫌なのであれば、私とまた食事をしてくれ。こんなにも話が合う人は君が初めてだ」 「是非、私も錬金術のこと詳しくなりたいので、よろしくお願いします」  少女と別れたウォルターはこちらに向かい、見たこともない満面の笑みで寄ってきた。 「レザール! 私はやったぞ、彼女とまた、食事が出来ることになった! 今日は研究が捗りそうだ」 「それは良かったな、一週間寒空の下で耐え忍んだ甲斐があるってもんさ」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加