本編

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 俺はマルクスの言いつけを履行した。  三日間、研究所に篭り、頭を捻らせ、脳漿を絞ったが、結局はウォルターとナタリーを付き合わせたまま、錬金術側のイメージを維持する、というような釈明書は出来なかった。  何かを得るには何かを犠牲にしなくてはいけない、これは真理なのかもしれない。  だとすれば、これは仕方がないことだ。そもそも、エリート錬金術師が魔法少女に恋をした時点で、この未来は確約されていたんだ。  俺ですらこの未来を予見できた、つまりは既定事項だったのさ、だから、どうすることも出来ない。  愛や理想だけで飯が食えれば、この世界は幸せに満ちていたんだろうが、あるのは現実の二文字のみ、なんと世知辛い。  最近のウォルターはどうすることもできない現実から目を背くよう、研究熱心になった、あれでいて結末を察したのだろう。  三日後の朝、ウォルターは若白髪を生やし、目の下には大きなクマを携え、やって来た。 「今日は会見の日だな」 「ああ、そうだ」  俺はウォルターに台本が入った封筒を差し出す。 「本当に残念だが、君とナタリーは……」 「みなまで言うな、私も分かっている」  ウォルターは俺の持つ封筒に手を伸ばす、そうだ、皆が円滑に幸せに大団円を組むには、ウォルターが俺の作った釈明書を読み上げる他にない、そうすればウォルターが愛した錬金術は魔法に勝てるだろうし、これまでどおりの生活を続けられる、俺はクビにならず、アルントは笑顔で俺たちを迎えてくれるだろう。  しかし、無意識に体は拒否をする。俺は封筒を引っ込めた。 「早く渡せ、レザール」  ウォルターは久しく、木で鼻をくくるように言った。  本当はわかっていたんだ、俺はこの封筒を渡せば果てしなく後悔することを、しかし、ウォルターが愛した錬金術の未来を考えれば、この封筒を渡すべきだ。  錬金術を捨てたウォルターなど、ウォルターではない、俺はそんなウォルターは見たくない、気持ち悪いからだ。  けれども、ウォルターは錬金術と同じレベルでナタリーにゾッコンだ…………  状況は最悪以外の何物でもない。  俺は保身を諦めた、それ以上に友達を大切にすべきと俺は判断したからだ。  残酷だが、決断は俺ではなく、ウォルターが下すもの、ウォルターが錬金術を取ろうと、愛を取ろうと関係ない。  断腸の思いで、封筒を差し出し。 「ウォルター、聞いてくれ。これは俺が一生懸命に書いた釈明書だ。しかし、しかしだな、これは読むな。破り捨てるためにあると思え、分かったな」  解雇でも追放でも死罪でも、ウェルカムだ。なるようになるのだから。 「ありがとう、レザール。だが、破り捨てることは出来んな、たとえ、これがそれを目的に作られたとしても、私はそんなことはせん、悪いがな」  ウォルターが俺に礼を言ったのはその時が初めてだと思う、なんの根拠もないようなウォルターの言葉であったが、俺は大きく頷いた。 「ああ!」  会見場には、新聞社の記者や、新聞を読んだ野次馬で溢れかえっていた。  ウォルターは壇に登ると、マスコミは質問の嵐、俺は舞台袖からウォルターを見て思うことは「大人になれ」なんて言うことは金輪際ないだろう。  ウォルターは空咳を放ち、 「まずは謝罪します、私たちの曖昧糢糊な関係により世間の皆様に、誤解を与えたことを謝ります、すみません」  ウォルターは一礼する。して、鬱憤を晴らすよう深い溜息を放ち、 「それでだ。私はこの大変遺憾な状況を打開すべく、研究をした。それはもう、一日五食食べても足りんくらい」  ウォルターは先ほどの礼節を弁えた口調ではなく、気障に言う。 「幾ら錬金術の研究をしても、非人徳者の発明した技術など使わんぞ!」  群衆の一人が喚き、それが伝播する。やがて、ウォルターに非難轟々が向いた、これが世間か。 「やかましい! うるさい! 百聞は一見にしかずと言うだろう、目をかっ開き見とけ」  そう言いい、ウォルターは指パッチンした。すると、ウォルターの隣に魔法陣が出現し、中からナタリーが現れる。 「彼女はナタリータンブレア、私の最有力伴侶候補だ。そうだよな?」 「ええ、間違いなく」  ナタリーは頬を赤らめ言った。群衆は眉根にシワを寄せる。 「先ほど、彼女は転移魔法で登場した、それは間違い無いだろう?」  次にウォルターは群衆に向け質問をする。ああそうだ、それがどうした、彼女は優秀な魔道士だ、魔法が使えて何が悪い、などの旨を群衆の銘々が言葉を連ねる。 「実は彼女を転移させたのは私だ。私が魔法を展開したのだ」  記者の一人が、あまりの与太のくだらなさに、呆れるような口調で、 「何を仰っているのか、魔法は魔法適性者しか使えません、つまり、あなたに使えるはずがないのです、バカなことを」  するとウォルターは懐から小さな金属の塊を取り出し、記者に投げる。 「その石は、私が開発したルーンというものだ。それに念じれば、魔法適性者ではない者も魔法を操れる」 「こんな石ころにそんな力があるとは……」 「百聞は一見にしかず! お前は魔法適性者ではないな? 記者なぞやっておるのだから、それ、一つ念じてみろ。お前の手から炎が出るはずだ」  記者は半信半疑で、石を握って、手を上空に突き出すと、なんと、記者の手から火柱が上がり、待っていたメモ帳を消し炭にした。  目の前で繰り広げられる、スペクタクルに群衆は息を呑む。俺も呆れ果てるほど驚いた。 「錬金術と魔法はそもそも同じ技術だったのだ。その証がルーンである、第三王子もその旨が記載された伝記を発見したようだしな。分かったら、こんな下らん争いはやめるべきである!」  ウォルターは三日三晩、項垂れているのではなく自室でルーンの研究をしていたのだろう。流石は天才で俺の友達だ。 「争いが終われば、私たちの関係も認められると思いたい」
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