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あぁよかった、人がいた。安心しましたよ。それはもう、安心しました。正直怖かったですから。私の姿を見ても、老爺は何も言わず、木の椅子に座っていました。
「こんな所にお店があったんですね。初めて気づきましたよ。それにしても凄いお香ですね。おじいさんが、店主なんですか?ここはなんのお店なんですか」
そう尋ねますと、老爺は
「なんでもあるよ。なんにも無いけど」
とだけ、答えたんです。
馬鹿にされてると思いましたよ。それか、この老爺がボケているものだ、と思いました。だってこの老爺が座っている場所は、この店の最奥。これより先には壁しかありません。私がここに来るまでは一本道。商品棚のようなものも、何もなかったですから。だからね、私がもう一度言ったんです。
「おじいさん。商品見せて貰えないですか?それかメニュー表のようなものがあるなら、見せて欲しいんですけど」
とね。老爺は黙ってました。目を閉じて、石像のように、動かなくて。死んでしまったと錯覚するほどに、静かになったんです。あぁ、これはもうダメだ。話にならない、と思い帰ろうと思ったんです。振り返ると、先程までの一本道は消えてました。代わりに大きな、木製の棚が私の後ろにありました。心霊現象やそういった類のものは、信じていません。それでもこれは事実なんです。
まさか、私はここで死ぬのか。この老爺は実は化け物で、今から私をひっ捕らえて、口が裂けて私を一飲みにしてしまうのか、と思い慌てて老爺を見ました。老爺はこっくりこっくり船を漕いで、眠ってました。座ったまま。
もうわけがわからなかったですよ。不思議な店で、不思議なことが起きるのですから。それでも帰ろうにも帰れないから仕方なくね。棚を見てみたんです。するとね、大きな棚には3つしかものがないんです。
1つは、財布。
1つは、本。
そして、もう1つは.......万年筆でした。
老爺には悪いと思いながらも、眠りから起こして、
「おじいさん。商品の説明してもらってもいい?」
と、尋ねました。
「財布は欲望。本は知性。万年筆は行動」
眠ってたとは思えないほど、はっきり説明されて、僅かに面食らったのですが、言ってる意味が分からずどうしようもなかったです。オロオロする私に老爺は、こう言いました。
「ひとつは買え」
そう言われても、値札が付いてないから何円かもわかりません。手持ちも、さして持っていなかったものですから、悪いとは思いながらも、お値段を聞こうと思ったんです。それぞれ、おいくらですか、と。
「金なぞ要らん」
心を読まれた気がしましたよ。先に返答が来たものですから。怖くなって、恐くなって。
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