万年筆。

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逃げ出したくなったんです。助けてくれ、と叫びたかったんです。それでも騒げば殺されるかもしれないから、黙って考えましたよ。そうは言っても、私だって物書きの端くれです。財布は持ってるし、本だっていくらでも読めます。そう思ったから、万年筆にしたんです。 「万年筆をください」 と言うと、 「つかめ」 と返ってきました。 言われた通りにすると、判子屋の目の前にいつの間にかいました。 扉はありませんでした。夢でも見てたのか、と思ったんです。あぁ、疲れてるんだな、と。 するとね、ふと思い浮かんだんですよ。そう言えばこういった類の怪談はだいたい右手に万年筆を持っているんです。恐る恐る確かめると、持っていませんでした。ポケットにもどこにもありませんでした。よかった、本当に夢だった、と安堵しました。 「あの、これ落としましたよ」 と、高校生2人組が私に話しかけてきました。 「あ、すみません。ありがとうございます」 反射的に受け取りました。 あの万年筆でした。 慌てふためいて、変な声が出そうになるのを必死に堪えて、その場を去りました。既に時刻は22時を回ってました。大急ぎで予約してたホテルへ向かい、すぐにその万年筆を捨てました。 次の日の朝、すぐに出かけました。フロントにはゴミ箱の中身は何が入っていても戻さなくていい、必ず捨ててくれ、と頼み、ホテルを出ました。 阪急三番街に、戻りましたよ。あの扉の、あの店があった場所をもう一度見に行きました。なんにもありませんでした。判子屋の隣には普通の店がありました。判子屋の店主が話しかけてきました。 「これ、昨日落としていったよ」 ええ、そうです。あの万年筆ですよ。 受け取らずに、走って逃げました。もう嫌だったんです。怖くて怖くて仕方がなかった。本当なら1週間ぐらい、うろうろして、ゆっくり観光する予定でしたが、バッサリ予定を切ってその日の午後の便で帰ることを決断しました。ホテルに戻り、チェックアウトする時にフロントの綺麗なお嬢さんから 「こちらを預かっています」 と、小さな箱を渡されたんですよ。えぇ万年筆がそこにはありました。どこに行っても、万年筆が私を追いかけてくるんです。絶対に逃れられないと思いました。だから、お嬢さんには悪いと思いながらも、 「お嬢さん。この万年筆をあげるよ」 と、お嬢さんに渡しておきました。最初は遠慮して、いいです、そんな素敵なものを頂けません、なんて言っていたけれど、まぁまぁとか、いいからいいから、なんて言って半ば無理やりに押し付けて、チェックアウトしたんです。
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