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思わず、笑ってしまい、写真を撮りたくなりました。起きたAに、こんな顔で寝てたよ、と伝えて、二人で笑い合いたくなりました。ですが、すぐに我に戻りました。私はAを殺すんです。
両手で柄を持ちます。静かに、静かに、Aの心臓部の真上へと近づけます。情けないことに、覚悟を決めてもこの時手が震えてました。息もどんどんと、荒くなり、興奮した獣のような呼吸になってました。
それでも、私は、包丁を、突き立てました。嫌な感触でした。ぐに、と肉をつきぬけた、感触が今でも思い出せます。Aは痛みで一瞬で目覚めました。見開いた二つの目が、私の方を見ていました。ごぼ、ごぼ、と血が口にまで上がり、何か言っているようでしたが、何を言っているか私には分かりませんでした。
心臓、というものは本当に傷つけては行けない場所らしく、傷がついたり、鼓動を止めると、1分と、経たずに人は死ぬらしいですね。実際にそれぐらいだったと思いますよ、Aが死ぬまでの時間も。ただ、私には1時間にも2時間にも思えましたが。何度、早く死んでくれ、と思ったか。あぁ、そんな目で見るな、恨まないでくれ、仕方の無いことだ。そう言い訳を何千と繰り返し、Aの息が切れました。ぴたりと、ごぼごぼ、という音が止んで、瞬きをしなくなり、辛そうな表情がやわらいで、それは静かに、安らかに、息を引き取りました。その時、私は手を合わせました。そうしなければいけない気がしたのです。
さぁ、ここからはスピード勝負です。あらかじめ用意しておいた、酒を一挙に飲み、ベロベロに酔います。ふらつく、足とはっきりしない頭で、Aの胸から包丁を抜きました。血は大して出ませんでした。おそらくAが死んでいたので、心臓が血を巡らせなかったんですね。そうして、私は包丁を持ったまま、リビングのソファに仰向けになります。ここが、1番の山場でした。私の体といっても、私は全ての内蔵の位置を把握してるわけではないんですね。これはみなさんも同じでしょう。
死ぬか、生きるか、です。
私は、包丁を自分の胸に突き刺しました。心臓と肺を意識して避けました。酒で酔ってるとは言え、とんでも無く痛かったです。こう、上手くは言えませんがね、心臓の鼓動に応じて、痛みもどんどん強くなるんです。そして、私はベタベタと、自分の血で汚れた手で、包丁を触ったんです。これで、包丁に私の指紋しか無くても、怪しまれることはありません。抜くことはあえてしません。抜いてしまうと、出血が激しくなり、死んでしまうからですね。
ずっと、ずっと、痛かったです。熱い、と思っていた胸の傷が、段々と寒くなってきたんです。さすがに、怖くなりました。もう、生きることは不可能かもしれない、とも思いました。
その時です、ガチャリと玄関の鍵が開いたんです。そして、一人の男が入ってきました。私の、担当編集者です。永遠かと思われる、痛みに終止符が打たれた瞬間でした。
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