灯火

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 街が静かな衝撃に打ち震えていた頃、老人は病室の天井をぼんやりと眺めていた。前日の日課を終えた後、彼は急に体調を崩し、隣町の大病院にお世話になっていたのだった。幸い大事には至らなかったが、心配した家族に押し切られる形で諸々(もろもろ)の検査もかねて入院していた。検査の間も老人は始終上の空だった。街灯のことが気になっていたのだ。今まで点火作業を休んだことなどなかった。街の人々は慌てているかもしれないし、突然休んだ自分を恨んでいるかもしれない。こう何日も休んでは、皆が自主的に明かりを()けて、自分などもう必要ないかもしれない。人々に迷惑をかけてしまっている罪悪感と、生きがいとも呼べる日課を失うかもしれない不安で頭がいっぱいであった。  カラスの鳴き声がこだまし始める頃、街では人々が静かに手を動かしていた。初めは取り乱していた彼らも、暗くなると勝手に()く街灯に慣れ始めていた。しかしこの時分になると、皆何かの影に(おび)え、談笑する余裕を失った。街は緩やかな緊張感に包まれ、風の音が一際大きく通りを抜けて行く。 コツコツコツ。  数日来の音に住人の動きが一瞬止まる。誰もが、肌が湿(しめ)り気を帯びるのを感じていた。物が(かす)かにぶつかり合う音だけが響く。 チッチッチッ。  たまらず屋内に入る者も出てきたようだ。勢いよく扉が閉まる音が時々聞こえる。外にいる人々も、老人と目を合わせようとはしない。 コツコツコツ。チッチッチッ。  静かな中、杖の音と街灯の舌打ちを響かせながら老人は自責の念にとらわれていた。住人たちの変化に彼が気付かない訳がなかった。彼が通りに出て始めに感じたのは、日課が奪われていない事への喜びだった。事はこんなにも深刻になっていたというのに、自分可愛さが先行したのだ。つまるところ、こういう自分勝手な側面を皆に見透かされたのだろう。この数日間の無断欠勤でこんなにもひどく人々の信頼を裏切ってしまった。もう二度と休むまい。そう心に誓いを立て、老人はまた、ガス灯のスイッチをひねった。
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