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二月十四日、いわずと知れたバレンタイン・デー。
私もいよいよ来月には高校を卒業する。あっという間の三年間だった気もするけれど、中身の濃い日々だったなぁとしみじみ感じる。
親友と呼べる友だちが出来たこと、それと何より──大好きな人、彼氏が出来たこと。一年の終わりに付き合い始めてから、今年でもうすぐ二年が過ぎようとしている。
章臣先輩は一足先に卒業してしまったけれど、この一年、私はひたすら勉強に勤しんだ。一生分勉強したんじゃないかっていうくらい、頑張った。ここまで頑張れたのも、ひとえに先輩と同じ緑山学院大学に入学したいが故だ。
先輩は学校推薦で早々と合格を決めたが、私は残念ながら学校推薦が取れるほどの成績は維持できない。というわけで、一般入試でのチャレンジとなった。
私のこれまでの成績からすると、かなり危うかった。何度も挫けそうになった。それでも諦めなかったのは、章臣先輩が家庭教師を買って出てくれたおかげだ。先輩だって忙しいのに、私のために時間を割いて勉強を見てくれた。毎週二日、先輩が一人暮らしをする部屋で苦手科目を中心に教わっていた。
そしてようやく合格の可能性も少し見えてきて、先週試験を済ませてきたところだ。私が受験したのも、先輩と同じ文学部。文学を勉強したいのはもちろんだけど、司書資格を取りたいという意図もあった。
やれることは全部やった。あとはもう、腹を括って結果を待つだけ。
「先輩、喜んでくれるかな……」
章臣先輩の住んでいるアパートへ向かいながら、息を弾ませる。私の手には、マチの大きな紙袋があった。この中には、お姉ちゃんにガミガミ怒られながら頑張って作ったチョコレートケーキが入っている。
お姉ちゃんは指導と言っていたけれど、私から言わせてもらうと、あれは指導じゃない。ちょうど彼氏さんと喧嘩中だったらしく、サンドバッグのように私に八つ当たりをしていただけだ。私もよほど怒ろうかと思ったが、お姉ちゃんのお菓子作りの腕は確かなのだ。私は涙を呑んでぐっと堪えた。その甲斐あって、我ながらいいものが出来上がった。
丁寧にラッピングをし、袋に入れて、準備完了。付き合うようになって、二度目のバレンタイン。夏以降は勉強漬けでロクにデートもできなかったから、今日は久しぶりのデートのようなものだ。心が完全に浮足立っていた。
私は部屋の前まで来て、一呼吸置く。そして、インターホンを鳴らした。するとすぐにドアが開き、章臣先輩が顔を出す。
「いらっしゃい、入れよ」
「お邪魔します!」
私はいそいそと部屋の中に入る。
いつも思うけれど、先輩の部屋はきちんと整理整頓されている。先輩は潔癖というほどではないが、物が散らかっていると気が散るのだそうだ。だから、物自体も少ない。唯一多いと言えるのは、本だろう。この部屋で一番立派なのは、間違いなく本棚だと思う。
元々好きだった時代小説や推理小説もあるけれど、今では大学で使っている難しそうな資料も並んでいる。それを目にする度に、たった一年でも高校と大学という隔たりみたいなものを感じ、複雑な気分になったものだ。
でもそれも、もうすぐ終わり。二ヶ月も経てば、私も大学生になるのだから。仮に緑大に落ちたとしても、滑り止めはキープしているので大学生にはなれる。……本音は絶対緑大に受かりたいのだけど。
「まどか、コーヒー飲むだろ?」
「はい。ありがとうございます」
章臣先輩がコーヒーを淹れてきてくれる。私のためにミルクを二つ分つけて。
せっかく飲み物があるのだから、私は早速手にしていた紙袋ごと、先輩に手渡した。
「章臣先輩、これ」
「え……」
「なにビックリしてるんですか? 今日、バレンタインですよ?」
「あぁ、そうか」
他の人なら白々しいと思ってしまうけれど、章臣先輩の場合は素だというのがわかる。本気で忘れてたんだろうな。高校の頃は教室でチョコを渡されていただろうし、忘れようがないんだけど。いやでも、大学でも……と思ったけれど、今日は学校がお休みのはずだ。だから忘れてたんだろう。
「今年はちょっと頑張ってみました!」
「ありがとう。なんだろう……デカイな」
章臣先輩が紙袋を覗き、驚いたように目を見開いた。そして私を見る。
「え、これ、もしかしてケーキ?」
「はい! チョコレートケーキです。甘さは控えめなので、先輩も大丈夫なはずです」
「すごいな。売ってるやつみたいに綺麗に出来てる。一緒に食べよう」
「はい!」
先輩がキッチンへ行くので、私も後ろをついて行く。手伝いをしようと思ったのだ。でも、先輩はそれを止めた。
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