番外編SS 早春の桜

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「まどか」  章臣先輩を見上げると、そっと引き寄せられた。 「えっと……」 「大丈夫、誰も見てない」  小声で囁かれ、私はチラリと辺りを見渡す。他の人たちは皆、景色に夢中だ。そして、カップルたちは自分たちの世界に入っている。  そうしていても恥ずかしくないような空間なのだ。ここは現実の世界じゃない、そんな感じ。  だから……私は、そっと先輩に寄り添う。先輩は嬉しそうに笑い、私の手をぎゅっと握る。 「ありがとな、まどか」 「え?」 「まどかが桜のライトアップを見たいって言ったから、オレもこの景色を見ることができた」 「そんなこと……」 「あるよ」  その時、プロジェクションマッピングの映像がパァッと変化し、辺りから歓声が沸き上がった。皆が、景色に注目している。 「……っ!」  その瞬間、私の頬がほんの一瞬だけ熱を帯びる。柔らかい感触。章臣先輩を見ると、先輩は悪戯っ子のように笑っていた。  こんなに人がいる中で。そりゃ、誰も私たちの方なんて見てはいないけれど。 「せ、先輩……大胆」 「そんなことないけど」 「ありますよ」 「じゃ、あっち見てみろ」 「へ?」  先輩の指差す方を見ると、カップルが思い切りキスを交わしていた。  うわうわうわっ!! 「あれに比べたら、可愛いものだと思うけど」 「あ、あれと比べないでくださいっ」  先輩、目ざとすぎる……。でも、あのカップルの気持ちもわからなくはない。そういう気分になるよね、うん。  様々な色彩に彩られた幻想的な景色、闇に浮かぶ枝垂桜、この空間に酔ってしまう。  その後の時間も、私たちは寄り添ったまま歩いていく。たぶん、こんなに近い距離で歩くのは初めてだ。  ここは京都、私たちを知っている人はいない。そんな環境もあって、私も大胆になっているのかもしれない。
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