938人が本棚に入れています
本棚に追加
「まどか」
章臣先輩を見上げると、そっと引き寄せられた。
「えっと……」
「大丈夫、誰も見てない」
小声で囁かれ、私はチラリと辺りを見渡す。他の人たちは皆、景色に夢中だ。そして、カップルたちは自分たちの世界に入っている。
そうしていても恥ずかしくないような空間なのだ。ここは現実の世界じゃない、そんな感じ。
だから……私は、そっと先輩に寄り添う。先輩は嬉しそうに笑い、私の手をぎゅっと握る。
「ありがとな、まどか」
「え?」
「まどかが桜のライトアップを見たいって言ったから、オレもこの景色を見ることができた」
「そんなこと……」
「あるよ」
その時、プロジェクションマッピングの映像がパァッと変化し、辺りから歓声が沸き上がった。皆が、景色に注目している。
「……っ!」
その瞬間、私の頬がほんの一瞬だけ熱を帯びる。柔らかい感触。章臣先輩を見ると、先輩は悪戯っ子のように笑っていた。
こんなに人がいる中で。そりゃ、誰も私たちの方なんて見てはいないけれど。
「せ、先輩……大胆」
「そんなことないけど」
「ありますよ」
「じゃ、あっち見てみろ」
「へ?」
先輩の指差す方を見ると、カップルが思い切りキスを交わしていた。
うわうわうわっ!!
「あれに比べたら、可愛いものだと思うけど」
「あ、あれと比べないでくださいっ」
先輩、目ざとすぎる……。でも、あのカップルの気持ちもわからなくはない。そういう気分になるよね、うん。
様々な色彩に彩られた幻想的な景色、闇に浮かぶ枝垂桜、この空間に酔ってしまう。
その後の時間も、私たちは寄り添ったまま歩いていく。たぶん、こんなに近い距離で歩くのは初めてだ。
ここは京都、私たちを知っている人はいない。そんな環境もあって、私も大胆になっているのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!