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「先輩……」
「なんか……めちゃくちゃ嬉しい」
小声で囁く先輩の声に、ドキリと胸が高鳴る。そして、顔が熱くなってくる。
私は、そっと先輩の背に腕を伸ばした。
「章臣先輩……ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだろ?」
「え? だって……」
「ケーキだよ。一生懸命作ってくれたんだろ? 大事な合格発表を忘れるくらいに」
「!」
単なる勘違いなだけだけど、一生懸命作ったことに変わりはない。変な話、バレンタインがあったから気が紛れたというのもある。
私が黙りこくっていると、頭上からフッと吐息で笑う先輩の声が聞こえた。
私はそっと顔を上げ、先輩に伝える。
──バレンタインに伝えるべき、大切な想いを。
「章臣先輩、好きです」
「……このタイミングで言うか」
「え? このタイミングじゃなければ、どこで言うんですか?」
首を傾げる私を見て、章臣先輩がまた笑う。そして、私の耳朶に指で柔く触れた。
「……っ」
次の瞬間には、唇が重なっていた。
先輩の腕に力がこもり、より強く引き寄せられる。何度も唇が触れ合い、その度に大事に、大事に抱きしめられる。言葉の代わりに「好きだ」と伝えられている気がした。
「先輩、好き……」
「馬鹿、煽んな」
「ずっと大事にしてくれて、励ましてくれて、勉強教えてくれて……。私、章臣先輩を好きになって、本当によかった」
「そんなの……オレもだよ」
切なげに瞳を細め、先輩が再びぎゅっと私を抱きしめ、キスを落とす。
されるがままになっていると、口づけがどんどん強く、深くなった。初めてのことだったので一瞬腰が引けるが、逃がさないとでもいうように、先輩の腕にまた力がこもる。やっと唇が離された頃には、私の意識はぼんやりとしてしまっていた。
先輩の指が、私の目元にやんわりと触れる。そして、今度はそこへ口づけが落とされた。
「好きだ、まどか」
「先輩……」
「オレ、もうそろそろ限界みたいだ」
吐息混じりのその声には余裕がなくて、章臣先輩のその表情に、心臓が大きく跳ねる。
こんな顔をされてしまったら、嫌でもわかる。先輩が何を言いたいのかを──。
私は小さく頷き、言った。
「今日、泊まっていいですか?」
先輩がハッとしたような顔をする。「本当にいいのか?」と言っているように見えた。
先輩は誤解している。自分だけが欲しているのだと思っている。でも、そうじゃない。私だって──。
「両親にもう一度メッセージしますね。今日は泊まってくるって」
「まどか……」
「真由ちゃん家に泊まるって誤魔化すこともできるけど、きっとバレバレだと思うから。それに……章臣先輩だったら、うちの両親は何も言わないと思います」
あ、何も言わないは言い過ぎかもしれない。お父さんは恨めしそうな顔をして出迎えてきそうな気がする。でもきっと、お母さんが取りなしてくれるだろう。
先輩は私の言葉を聞いて、何とも言えないような優しい表情をした。その顔を見て、思わず涙が零れそうになる。
声に出してそう言われたわけではないけれど、伝わってきたから。
──「愛してる」
章臣先輩に手を引かれ、ベッドに腰掛ける。心臓は早鐘を打ち、今にも壊れてしまいそうだ。でも、それ以上に求められていることが嬉しかった。
「誰よりも……大事にするから」
低い声で囁かれ、私はゆっくりと仰向けに倒される。
目の前には、誰よりも大好きな人の顔。その瞳には私だけが映っていて、途轍もない熱を孕んでいた。
「好きだ」
キスの雨が降る。全てを受け止めながら、私も出来得る限りの想いを返そうと、好きだと何度も囁く。無我夢中で。
二月十四日、バレンタイン・デー。
この日は、私にとって一生忘れられない、特別な一日。
章臣先輩、私は誰よりも、あなたのことが大好きです──。
了
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