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「お願いボリス! デート手伝って!」
「はぁ??」
実家の母と昨年やらかしてからちょっと避けがちだったが、実は兄オルトンとはそれなりに交友があった。とはいえ、まさか好きな女性がいるとか、そういうプライベートな話はしていなかった。
それによると、ボリスに言われて社交界に出て知り合ったそうで、勇気を出してランチに誘ってから親しくしているとか。
彼女曰く、「貴方、イイお店しってるのね」だそうだ。当然だ、この兄はゴリラ彼女にメシを食わせるのにもの凄くリサーチしているんだから。
「あの、デートって手伝ってもらうものじゃないだろ?」
「そうなんだけど。でも俺、困ってて。実は彼女に告白したくて。でも、その……食事以外の場所、どこに連れて行っていいか分からなくて」
男にしては可愛らしい丸い緑の瞳が頼りなく揺れている。これがわざとならあざといのだが、残念な事にこの兄にそんな駆け引きはできない。マジで泣きたい五秒前だ。
「まぁ、前の彼女を考えるとそうなるよな」
「美術館とか、食べられないからいらないって言われて」
「そっちが異常だっての」
難儀な兄だ。
ボリスは少し考える。そしてもの凄く当然のことを口にした。
「ってか、今まで一緒にでかけたならさ、彼女の好きな場所とか知らないの?」
「……あ」
「もう、しっかりしなよ」
がっくりと肩を落としたボリスに、オルトンは恥ずかしげに頬を染めながらも意気込んだ。
「でも、でも! 俺が誘うならいつもと少し違う場所にも誘いたいなって」
「誘えばいいんじゃない? 兄貴の好きな所って?」
「……図書館」
「デートって雰囲気でもねーな」
でもまぁ、この人の仕事を考えるとそうなるような気がした。
ボリスの父は翻訳の仕事をしていて、オルトンも同じ仕事をしている。
最近はラン・カレイユからの書籍や、ジェームダルからの書籍も入ってくる。これら二国は古い本だとそれぞれの言語で書かれているので帝国の言葉に直さなければならない。それらを翻訳し、帝国の言葉に直すのが父と兄の仕事だ。
他にも古文書などは古語で書かれているため、翻訳が必要。
他にも原本を写本したり、古くなった装丁を直したりしている。
当然お勤めは、帝国中央図書館だ。
「そのお相手の女性って、兄貴の仕事知ってるの?」
「知ってる」
「なんて?」
「真面目な貴方らしいわね。似合ってるわよって」
「へぇ、いいじゃん」
図書館勤務はもの凄く地味な仕事で、仕事が大変なわりに給料は安い。十分生活はできるが、贅沢ができるほどではないのが現状だ。
「俺が翻訳した本を見せたら、これをどうやって本にするのかって聞かれて。話したら、装丁に興味がある。綺麗な布張りも捨てがたいし、皮もいい。表の文字だって素敵なデザインがいいって」
「興味示したの! もう、兄貴その人捕まえておかないと! 金輪際もう現れないよそんなレア女性」
「俺もそう思う! 俺の仕事に興味を持ってくれた女性なんて初めてで。だから俺、彼女に告白したいんだ」
必死な兄の様子に、ボリスも真剣に悩んだ。話を聞くに今度の女性は悪くない。オルトンの口ぶりからもしっかりした女性そうだし。
例えこの彼女が過去の彼女のようなゴリ女性でも、この際は目を瞑ろう。何より食と筋トレ以外にも興味を示しているのがいい。同じゴリでも今の彼女は進化している。
ボリスは真面目に考えた。そして、ランチの後で美術館。その後買い物がてら古書店などを覗いて、最後はとっておきのディナーで告白というプランを提案した。
本の装丁に興味を示したなら、おそらく美術的な物は好きだろう。あと、女性は買い物とかが好きだと思う。例え買わなくても見ているだけでいいということが大いにある。母の買い物が長いのと同じだ。
オルトンはこのプランを受け入れ、具体的な店を選び始めた。
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