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そしてここでも、密かに参加を狙っている人物がいた。
「音楽鑑賞券、ですか」
張り出された女装コンテストの紙を見て、リカルドは考えこんでいた。
女装というのは恥ずかしいし、正直似合うとも思えない。だが、年始のコンサートは人気が高く末席でもチケットが取れない。実際無理だった。
「チェスターを誘って、その後デートをして、夕食も一緒に」
その後は宿舎に戻ってお酒を楽しみながら……。
「魅力的です」
出ようか、出まいか。羞恥心の問題だ。
その時医務室のドアが開いて、シウスが疲れた様子で入ってきた。
「シウス様、どうなさいましたか?」
「あぁ、リカルド。すまぬが少し寝かせてもらえぬか? 睡眠不足か頭痛がしてな」
随分珍しい患者に、リカルドは驚いた。それというのも、シウスが医務室にくる事が本当に稀なのだ。見舞いや、キアランやマーロウの付き添いにはくるのだが。
「何か、悩みですか?」
「まぁ、そのようなものじゃ」
「差し支えなければ、お伺いしても?」
「なに、大した事ではない。女装コンテストの事じゃ」
シウスの口から意外な言葉が出た事に、リカルドは更に驚きドキリとした。
「今年は年始の温泉地が軒並みダメでの、諦めておったのじゃ。それが王都から半日の、おあつらえ向きの温泉地の宿泊券が出たであろ? ラウルが出たがったのだが、暗府は本職故コンテストに出れぬと」
特に女装を得意とする女形は絶対に出せない。なぜなら圧勝なので。
「それで、ラウルが拗ねてしまったのですか?」
「それならば宥めようがあるのだがな。落ち込んでしまって、なんとしようか。だが、片道一日取られてはのんびりとなど出来ぬからの」
シウスは恋人を甘やかすタイプだ。その為に悩んでいるようだ。
だがこればかりは……。思っていたのだが、ふと悪い事が浮かんでしまい、リカルドは軽く首を回すシウスを見た。
「あの……」
「ん? どうしたえ?」
「女装コンテスト、出ませんか?」
「……それは、私がということかえ?」
素直に頷くと、シウスは途端に狼狽えた。仕事では狼狽える姿など見たことがないが、プライベートは違うようだ。
「実は私も、音楽鑑賞券が欲しくて迷っていました。羞恥心との戦いですが、一人でなければ少し勇気が出るかと」
「……なるほどのぉ」
腕を組んだシウスが、何やら悩んでいる。おそらく、迷っているのだろう。
「上位入賞できるかも分からぬが……二人でなら可能性も他より二倍か」
「はい。もしも私が温泉宿を手に入れましたら、シウス様にお譲りいたします」
「では、私が音楽鑑賞券を手に入れたら其方に渡せばよいな?」
「おそらく暗府を除いて女装に耐えうる人間は、多くはないでしょう。しかも欲しい物がないと出る人間はいないと思っていい。勝機はあるかと思うのですが」
「そうじゃの。年末のバカ騒ぎに付き合うつもりで、恥はかきすてにしてしまってもよい。それで欲しい物が手に入れば、悪くないかもしれぬな」
どうやら交渉は上手く行きそうだった。
軽く笑ったシウスをマジマジと見るが、三十代とは思えぬ目鼻立ちの良さだ。肌も綺麗だし、少し気難しい感じの知的な瞳がまたいいのだろう。何というか、美人だ。
「どうかしたなえ?」
「いえ、改めて見るとシウス様は美しいなと」
「なっ! ばっ、バカを言うな、まったく。其方もさして変わらぬぞ」
そう言って少し赤くなる人を、リカルドは頼もしい共犯者であり、ライバルとして認識した。
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