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ここにも悩みを抱えた人が一人、黙々と困っている。
「何か、贈りたいが……」
ベリアンスが見ているのは例の張り紙。その前でしばらく悩んでいる。
ベリアンスが帝国にきて、一年と少しが経った。日々の行いなどは実に真面目。規律も守り、問題行動もない。リハビリもほぼ終えていて、今はエリオットについてレイピアの訓練をしている。今までと違う為に慣れないが、それでも形になりつつある。
これらの事が評価され、同時にアルブレヒトからの嘆願書もあり、休日の外出と宿舎内での自由を許された。ようは、アルフォンスの部屋に泊まる事が許されたのだ。
外出も門限厳守で、誰かと一緒という制限はついた。だがその誰かは誰でもよく、アルフォンスとのデートでも構わない。結果、二人での外出がかなうようになったのだ。
帝国は本当に豊かな国だ。アルフォンスと二人でデートしていると、それをよく思う。活気があって、物も沢山あって。
アルフォンスは意外にも芸術関係にも明るい。オペラというものに連れて行ってもらったが、色々と説明もしてくれた。あのような経験は今までなく、朗々と響く声と舞台の美しさや迫力、生の音楽に圧倒され、物語に引き込まれた。
またあのような経験をしたい。だが、あくまで捕虜という立場のベリアンスには持てる金銭はない。どこかに出かけても全てアルフォンスのおごり。それがとても心苦しいのだ。
更に言うともう少しで、二人が思いを交わし身体を交わした記念日がくる。その時にはベリアンスが、何かを彼に贈りたい。そう思うのだ。
だが、捕虜という立場のベリアンスがこのようなイベントに出ていいものか。悩み抜いたベリアンスが訪れたのは、シウスの執務室だった。
ノックの後、声がかかって部屋へと入ると、シウスはいつも通り仕事をしている。視線がベリアンスへと向けられ、首を傾げられた。
「ベリアンスか。どうした?」
「シウス殿。実は一つ、相談があるのだが」
「相談?」
「俺は、女装コンテストに出てはならないだろうか?」
「!!」
意を決したベリアンスの訴えに、シウスは大いに動揺した。
「どうした一体!」
「実は、アルフォンスに贈りたいんだ。俺は今何も持たず、外に出れば彼の負担になるばかり。何かを贈る事もできない立場にある。そろそろ、付き合い始めて一年が経つ。その贈り物くらい、自らの手で掴んだものを贈りたいと思うのだ」
最近、身に染みる。以前も貧乏だと思っていたが、いざ本当に何もなくなると惨めでもある。共に出かけたその食事代くらい、ベリアンスだって出したい。何か彼に贈りたいと思っても、元手がない。その苦しさを、最近よく思うようになった。
シウスは考えてくれる、とても真剣に。時々彼の飲み会に参加させてもらっているせいか、彼は親身になってくれるのだ。
「その気持ちは、とても良く分かる。来年明けたくらいから、何かしらの仕事をお前にも与えようかとファウスト達とも話している。真面目な者故、宿舎内の事でも何かと仕事はあるだろうと」
「本当か! それはとても助かる」
「じゃが、それでは記念日に間に合わぬのだろ?」
希望を見たが、そう簡単には行かない。その話し合いが今されているとして、年末までに決まるとは到底思えない。
肩を落としたベリアンスに、シウスは慌てて声をかけた。
「お前の心はとても良いものだ! 女装コンテストくらい好きにしてよい!」
「! 本当か!」
「皆がお前の事情を知っておる。そして、この一年のお前の頑張りを知っておるよ。今更お前が逃げたりするとは誰も思っておらぬ故、心配するな」
「有難う……本当に、助かる」
本当に人がいい。この騎士団は捕虜であるベリアンスにも居心地の良い場所になっている。最初は団長や師団長、ランバートが気に掛けてくれた。
次は料理府の者達が。それは徐々に広がって、今では一声掛けてくれることが多くなった。
最初こそ戸惑ったベリアンスも、今では少しだけ話をする事ができる。若い者はベリアンスの武勇伝を聞きたがり、とても恥ずかしくくすぐったく感じた。
「衣装はオリヴァーが貸してくれる。髪や化粧も奴がしてくれる故、心配するな」
「それは助かる!」
結果がどうなるかは分からない。だがアルフォンスに何かを贈りたい。この気持ち一つを大切に握りしめて、ベリアンスはまるで戦場に赴くような気合いを入れるのだった。
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