年末パーティーは波乱ばかり?

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==========  パーティー会場は、ある種異様な熱気に包まれている。  今年はくじ引きでケモ耳ということで入口でクジを引いたゼロスは、見事今年も耳をつける事になった。 「ゼロス、今年何? 狐?」 「フェネックという、狐の仲間らしいが……耳が大きい」  耳がかなり大きくて目立つ。ちょっと恥ずかしいが、隣には犬耳をつけたチェスターがいる。犬が犬耳つけたら、本当に犬じゃないか。心なしか寂しげにも見える。飼い主リカルドがパーティーを欠席しているからだろうか。  その頃、舞台袖で今年の司会をノリノリでやるつもりのオスカルが、今か今かと楽しそうにしている。 「オスカル、あまり羽目を外しすぎないように」 「分かってるよ。オリヴァーみたいに進行してみせるから」  とはいえ、エリオットは心配である。何せお調子者の彼だ、煽ったりするのではと気が気では無い。 「そういえば、ファウストやクラウルは?」 「ファウストは会場、クラウルは暗府の出し物ですよ。あっ、ほら! そろそろ始めないと!」  エリオットがタイムキーパーのような役割をして、オスカルを舞台の前に押し出す。出て行ったオスカルは全員の前に立って、にやりと笑った。 「みんな! 今年もお疲れさま!」 「お疲れ様です!!」 「今日は無礼講だから、じゃんじゃん飲んで食べて楽しんで行こう! 耳つけてる人もそうじゃない人も、今日は盛り上がるよ!!」 「おー!!!」  会場のボルテージはいきなりマックス状態。そうして始まったのは、一発芸や隠し芸の類だ。 「まずは……暗府の隠し芸! 演目は……『僕らも出たかった』?」  コールされた途端、オスカルが立つ舞台の反対側から暗府の女形と呼ばれる隊員達が、それは綺麗な花嫁行列を作る。男形は古い貴族の煌びやかな衣装を纏っている。  先頭の花嫁はラウルだ。白いベールに造花をあしらい、Aラインのウエディングドレスを着ている。  その隣に立つ新郎はクラウルだ。普段はきっちりと後ろに撫でつけている髪を下ろし、整えて白のジャケットを着ている。  おつきの侍女や従者は暗府の面々で、特に執事役のネイサンは胡散臭さ満点だった。 「すげぇ……」 「暗府底知れねー」  会場からはザワザワと声が上がり、一堂が前を向いてお辞儀をするとドッと湧いた。  それを見るゼロスはクラウルの姿にドキドキしている。いつもとカラーリングが違うだけで、雰囲気もまるで違う。  見上げるゼロスと、クラウルの目が一瞬合った気がした。その一瞬、確かにクラウルは優しい笑みを浮かべていた。 「…………」 「あれ、絶対ゼロスに向けて笑ったよね」 「相変わらずラブラブだよね、ゼロスは」  レイバンとボリスが楽しげに茶化す声も耳に入らないくらい、ゼロスは見惚れてしまう。そして、いつかあの隣に立つのだろうかと思うと急に、身体が火照るような気がした。  続いては近衛府によるカクテルの提供。と言っても単に作るのではない。アクロバティックにボトルでジャグリングをしたり、グラスに注ぐときも派手な演出があったり。踊りながら作るカクテルは意外と美味しいもので、事前に作っておいたらしい色んなカクテルを、近衛府が見事な身のこなしで会場をすり抜け皆に提供した。  相変わらずの軍歌の大熱唱があったり、謎の野球拳大会で身ぐるみ剥がされた奴がいたりでバカみたいに笑っているあいだに、出し物系は終わった。  司会のオスカルが出てきて、「次は……」と進行表を見る。そして、大きな声で会場へと声を投げた。 「本日言いたい事言っちゃうんです!! 今日は無礼講だから許してね? 日頃思っている事や、要望なんかを言ってみちゃうコーナーだよ! 上司だって怒っちゃダーメ。では! 言いたい事がある人挙手!」  オスカルが声をかけると、いくつか手が上がる。それを見回したオスカルが指名すると、何故か数十人がずらずらと舞台に上がった。 「おぉ、人数が多い。では、心からの叫びをどうぞ!」 「我ら第三師団! ウルバス様に物申す!!」  野太い男共の声に、事態を見ていたウルバスが驚いて自分を指す。周囲に押され前に出て登壇すると、第三師団の面々が一斉に頭を下げた。 「婚約、おめでとうございます!!」 「え? えぇ?」 「俺達、この話を聞いた当初は戸惑いが大きく、お祝いの言葉もままならず申し訳ありませんでした! この場にいないトレヴァーの分も合わせ、第三全員でウルバス様の婚約をお祝いしたいと思います!」 「あっ、有難う」 「お祝いに、海軍の軍歌を贈ります!」 「いらないよ!!」  焦ったウルバスが止める間もなく、大いに野太い海軍の軍歌が合唱され、下ではやんのやんのと声がする。だが平和そのものの光景だ。 「えー、なかなか迫力のあるお祝いでしたが、めでたいですね。ちなみにウルバスはそのうちファウストの義弟になる予定らしいので、皆弄り倒してやろうね~」  気の抜けるオスカルの司会に周囲が更にざわめく。知らない人間からすると、驚愕の事実なのだろう。 「さーて、次!」 「はい!!」  手を上げたのはやはり騎兵府の一年目、二年目だ。  彼らは壇上に上がると、ファウストへ向けて声を発した。 「ファウスト様!! 最近特別訓練多すぎて我らは疲弊しております!! せめて週に一度になりませんかー!」  悲痛な訴えに思わず頷く隊員もちらほら。そんな視線を受けたファウストは、だが冷静に彼らを見回した。 「わかった! 剣の訓練を週一度にする!」 「本当に!」 「そのかわり、俺監修での体力強化訓練を週二回にする!」 「更なる地獄じゃないですかぁぁぁぁ」  崩れ落ちる隊員達を、先輩は生暖かく同情を含む目で見つめ、他の一年目と二年目はこんな祝いの日だというのに涙無くして飲めない状態になってしまった。 「地獄だね~、足腰立たなくなるよね~。まぁ、頑張ってねー。さて、次!」  軽く弄りながら進めていくオスカル。挙手する隊員を指名すると、彼は一人堂々と壇上に上がる。  濃いめのブラウンの髪を綺麗に整えた、凜々しい感じの青年だった。身長もそこそこ高く、目鼻立ちもはっきりとしている。 「騎兵府第一師団三年目、セオドア・カルダーです! 俺は、好きな人がいます!!」 「おぉぉぉぉ!」 「この場をお借りして、告白したいと思います!」  会場が一際湧いた。野次も応援も飛んでいる中、セオドアは会場を見回し、大きく息を吸い込んだ。 「ゼロス・レイヴァース先輩!!」 「!」  思わぬ指名に、ゼロスは驚きすぎて反応が遅れる。まさか自分が告白対象とは思わなかった。  クラウルが気になるが、今は同期といるから側にいない。キョロキョロしても見つけられない。その間に周囲がはやし立てて腕を引いて前に出してしまう。仲間達が引き留めようとしてもダメだった。  思えば、クラウルとの関係を知っているのは同期の仲間と団長、暗府の面々くらいなものだ。他の多くの隊員は知らないのだ。  前に出され、周囲の空気からも壇上に上がらざるを得なくて、仕方なく耳を外して壇上に上がる。セオドアはゼロスと並んでもそれほど見劣りはしない。緊張しているようで、微かに震えていた。 「ゼロス先輩! 俺は貴方にご指導いただき、厳しくも優しい貴方に憧れ、惚れました! お試しでも構いませんので、お付き合いしてください!」  真剣なんだと分かる表情に、ゼロスは本気で困ってしまった。当然クラウルがいるのだから断るのだが、周囲は「付き合っちゃえよ!」という無責任な煽りをしている。 「あの……すまない」 「それは……それは、今お付き合いしている相手がいるということですか!」 「いや、あの……」 「俺、本気です! 友人からでも構いません!」 「あの、だから……」  正直、明かしていいのかわからないのだ。ここで「相手がいる」と答えれば間違いなく「誰だ」という話になる。そこで名前を出していいものか分からない。  困り果てるゼロスを前に、彼の同期の仲間や二人の事を知っている団長達は焦った。  公開処刑キタ!!  出し物の服装のままファウストの隣にいるクラウルを、ファウストはチラリと見る。  クラウルは目を丸くしたまま呆然としていた。どんな状況でも瞬時に判断し、適切に動いてきた暗府の長が、この状況に茫然自失なのだ。 「クラウル、大丈夫か?」  思わず声をかけると、クラウルは無言のまま前に進む。それを止める間もなく、彼は人波をかき分けて行ってしまった。  一方舞台の上ではゼロスが困り果てていた。「お友達から」と言われてしまうとどうしたものか。相手がいると言っていいものか。隠してきたわけではないのだが、二人とも表でイチャイチャはしていないから結果隠れてしまって。  そんな事をごちゃごちゃ考えていると、突然会場がざわついた。  何事だろうと後ろを振り返ろうとする。それよりも前に足音もなく背後に立った人がゼロスを捕まえ、顎を捕らえて振り向かせ、やんわりと唇を塞いだ。 「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 「!!」  嗅ぎ慣れた匂いと温かな体温。それに体は反応している。プライベートでよく見る、髪を下ろした若い印象のクラウルが、覆い被さるようにキスをしてきた。 「ん……」  色んなものが飛んでいた。大勢の隊員の目の前だとか、告白とか、そんなものも全て。触れている熱が全てだと知らしめるようにクラウルは舌を絡ませゼロスを痺れさせていく。  長く感じるキスで、完全に力が抜けてしまう。彼の胸に頭を預けたままぼんやりと目の前のセオドアを見ると、彼は真っ赤になりながら目のやり場に困っていた。 「……え?」  気づけば会場は水を打ったように静まりかえっている。その状況にゼロスは焦ったが、体は力が抜けたようだった。 「すまないが、こいつは俺のものだ。他をあたってくれ」 「あ…………はい」  ぺこりと頭を下げたセオドアに頷き、クラウルはゼロスを連れてそのまま舞台を降りていく。そしてそのまま奥のラウンジスペースにつれて行かれると、目の前に飲み物が置かれた。 「……あの」 「すまない、ここで説教は勘弁してくれ」 「いえ、それはまぁ、いいんですが」  あー、そうか。説教案件だな、これは。  思うが、どうにもそれほど怒っているわけではないようで、ゼロスは置かれた酒を一口飲んだ。 「えっと……良かったんですか?」 「何がだ?」 「あんなことして。明日にはこの場にいない人にまでこの話が回りますよ」  二人が付き合っている事を広く知らしめる事になった。それで、クラウルは構わないのかと。  だがクラウルはむしろ不思議そうに首を傾げた。 「何か不都合があるのか? 既に互いの家族に了承を取っている仲だ、隠す必要はない。お前がいいと言ってくれるなら、籍も入れるが」 「それはもう少し待って下さい」  だが……そうか、いいのか。  案外嬉しいみたいで、自然と笑みが浮かぶ。そんなゼロスの隣に座ったクラウルも、穏やかに微笑んだ。 「今夜、さっきのキスの続きをしないか?」 「貴方が俺に叱られるような事をしなければ、ですよ」 「わかった」  明らかに甘く睦まじい二人の空間に、この後しばらく誰も入る事ができなかったそうだ。
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